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意識はどこにあるのか?|意識とは自分|知花敏彦

意識とは何か?
意識はどこにあるのか?


言葉の定義の正しさではなくて、意識というものが一体どういったものなのか?
どういった性質のものなのか?

それが問題であり、知りたいことだと思います。

言葉の正しさにこだわらずに、『こんな感じのもの』という風に捉えているということを書いていきます。

今日は『意識はどこにあるのか?|意識とは自分|知花敏彦』と題して、知花先生の『意識したところに自分は居る』の説明をヒントに意識について書いていきます。



世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

知花敏彦(ちばなとしひこ) プロフィール

1940年、旧満州ハルピンに生まれ、沖縄で育つ。
幼少より霊能力に優れ、中学を卒業後は南米へ渡る。
ボリビアで約30年間、農耕作業をしながら、自己を追求する。
その後、「日本で神理を説きなさい」という啓示を受け、沖縄へ。帰国後もエジプト、ヒマラヤで修行し、宇宙意識に到達。
宇宙の法則やフリーエネルギーなどあらゆる分野に精通し、超意識の世界方人類救済のために指導を行う。
地球環境の保全と修復のための研究開発に取り組み、更に人類の未来と宇宙意識への到達の為に瞑想と講話を通じて指導を行う。
2009年、この世のすべての役目を終え、天に帰りました。

引用:https://www.kazeyamato.co.jp/chibana/

知花敏彦講演集 A27 意識したところに自分は居る

意識はどこにあるのか?|意識したところに自分は居る

表面意識、潜在意識、霊的な意識、物質的な意識。

知花先生は、色々な意識があるのではなくて、意識の仕方があると言っています。

自分がどこに居るかで意識の仕方が変わると表現しています。

表面意識に居る時には表面的な意識をします。

潜在意識に居る時は深い(潜在)意識をします。

これは自分というものを基軸にした時の内的、外的なことです。

外的なところで自分側に意識がある時と相手側(自分以外)に意識がある時があります。

時間を軸にすれば過去に意識がある時、未来にある時、現在にある時。

意識の仕方という表現よりも自分が意識したところに自分が在る(居る)と表現するとしっくりきます。

意識はどこにあるのか?|映画『君の名は。』

2016年に大ヒットした映画『君の名は。』は、男女の身体が入れ替わってしまうというストーリーです。

身体が入れ替わってしまうという感覚(表現)は、自分とは肉体であるという考え方が大前提です。

身体=自分

意識と身体はひとつということです。

ですから入れ替わったという表現になります。

しかし、前章の考え方をすると意識があるところが自分ですから、入れ替わったという表現が馴染みません。

自分の意識があるところが自分にとっての『今ここ』なのです。

意識はどこにあるのか?|悟りを開くと意識(自分)は自由自在になる

昨日のブログでも紹介したサドグルの動画を今日も紹介します。

上や下、北や南というのは人間が創った概念です。

便宜上です。

本当の北とか、本当に南というのはありません。

上と下もそうです。

しかし、自分の内と外。

これは概念というより感覚ですから、基準は人それぞれかもしれませんが、自分の内側と外側は間違いなく存在するでしょう。

サドグルは悟るとそれすらなくなると言っています。

自分と他人(自分以外)の境界がなくなるのです。

仏教では自他一如といいますね。

悟るとはそういうことですね。

しかし、悟っていようがいまいが、ここまで書いてきた通り、自分の意識があるところが『自分』ですから、自分は、自分の内側も外側も、過去も未来も自由自在に行ったり来たりしています。

ただ悟っていない私たちは自分の内側と外側という感覚があって、その枠から抜け出せないと思い込んでいるので、本当は意識があるところが『自分』なのに、それを想像という概念にして、それは架空とか、実際になは無いということにしています。

『自分”が”想像している』ということにしているのです。

意識はどこにあるのか?|意識とは自分|知花敏彦のまとめ

今日は『意識はどこにあるのか?|意識とは自分|知花敏彦』と題して、知花先生の『意識したところに自分は居る』の説明をヒントに意識について書きました。

意識したところに自分は居る
意識の仕方という表現よりも自分が意識したところに自分が在る(居る)と表現するとしっくりきます。

映画『君の名は。』
身体が入れ替わってしまうという感覚(表現)は、自分とは肉体であるという考え方が大前提です。
身体=自分
意識と身体はひとつということです。

悟りを開くと意識(自分)は自由自在になる
自分の内側と外側は間違いなく存在するでしょう。
悟るとそれすらなくなると言っています。
自分と他人(自分以外)の境界がなくなるのです。
仏教では自他一如といいますね。
悟るとはそういうことですね。

今日も読んでいただきありがとうございます。



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