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人間は自然の一部|この世界はひとつの塊

人間は自然の一部であるということは、よく言われていることです。

誰もが頭では理解しているはずですが、自分のこととなると特別扱いです。

自分は特別ではないということが自然の一部であるということを認めることになるし、環境問題の改善にもなると思うのです。

今日は『人間は自然の一部|この世界はひとつの塊』と題して、人間は自然の一部であるということ。併せて環境問題について考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

人間は自然の一部|この世界はひとつの塊

自分とは何者か

人間は自然の一部です。

自然とは言い換えれば世の中であり世界です。

そして世界とは自分以外のすべてですね。

他者、つまりあなたやそれ以外の人。

空気とか水、モノもそうです。

自分と対峙するものとして自然があるのではなくて自然の一部として存在しているのが自分です。

環境問題と聞いて自分のことだと思いますか?

多分ほとんどの人は『環境問題。それは大変だね』とは思うでしょう。

それが自分問題だとは思っていないですよね。

学校で環境問題について学んだと思いますが、世の中には環境問題というのがあるというようなニュアンスで習うので、それが自分の問題だとは、実はそう言われてるんだけどそういう認識が薄いですよね。

どこか対岸の火事のような感じで聞いています。

しかし、生まれた時から体重が60kgもある人っていません。

だいたいは3kgくらいでしょう。

今60kgあるとしたら、それは何で出来ているかというと、生まれてから今まで食べたモノで出来てます。

加工食品も多いですが、元をたどれば、それは自然のモノです。

田んぼにある米も、畑の野菜も牛や豚、鶏、魚、いずれば自分の一部になるし、自分から排出されたものが肥料や餌になるということもあります。

水や空気も同じです。

自分と世界を行ったり来たりしています。

誰もが頭では理解しているのですが、世界が循環しているということを実感している人は少ないですよね。

人間は自然の一部です。

では、どこからが自分で、どこからが自分でなくなるか?ということです。

環境問題は誰の問題か?

自分は他人のために存在している

人間は自然の一部であり共存共栄の存在でしょう。

その意味は実に深いのです。

自分は自分のために生きているのではなくて自分以外のために生きています。

自分が死んで困るのは自分ではありませんよね。

自分が死んで困ったり悲しんだりするのは自分以外の人たちです。

自分は困ることも悲しむこともありません。

飲食店に入ったら食事が出てくるのは自分がいるからです。

服があるのは着る人がいるから。

他人がいるから仕事があるわけです。

他人が喜んでくれるから仕事になるしお金がもらえます。

自分以外のすべてのモノは自分がいるから意味があります。

そして自分も自分以外があるから意味を持つのです。

世界と自分は切っても切れない関係です。

自分とは何者か?

その問いは、自分と自然は別のモノ、自分は特別なモノであるという答えを求めていますが、そこにある水や空気と同じなんです。

水や空気と同じモノ(物質)であり、同じ価値を持ち、共同体というひとつのモノです。

豊富にあって、あるのが当たり前のようですが、ないと生きられない大切なもの。

それが自分であり、自分以外のすべてです。

この世界はすべてがひとつにつながっていて、すべてのモノが同じくらいに価値があります。

すべては自分と1セットで成り立っているのです。

この世界はひとつの塊

自分と1セットというのは『自分』という主体があると感じているからで、もっと広義に解釈すれば世界と自分はひとつで自分は存在しないとも考えられます。

自分に意味を持つためには、自分以外にも意味が必要なわけです。

それぞれに意味を持たせることで自分と自分以外を分けています。

よくよく考えてみると意味はあとづけで、在ることが最初ですよね。

もともと意味はないのです。

この世界はひとつの塊として存在していて、自分という意識を持った『自分』だと思っているモノが世界の中で自分は特別なモノだと思い上がりながらチョロチョロと動き回っているに過ぎないのです。

人間以外のすべてが、自分を特別な存在だとは思わずに自然の一部として、その役割をこなしています。

人間も地球の主人公の座から降りて自然の一部としての役割を取り戻す方がいいのではと考える次第です。

他人への思いやりは、そういうことが原点にあるのでしょう。

追伸

環境を良くしましょうということを書いているわけではありません。

環境も自分なのだと思えば、自ずから大切にするでしょうということが言いたいのです。

人間は勝手な生き物ですよね。

自分のモノだと思えば大切にしますが、他人のモノだと思うといい加減に扱います。

つばは口の中にある間は汚いとは思いませんが、吐いた瞬間から汚いモノ扱いです。

その表れが環境問題です。

環境問題は問題にしなくても本質がわかれば自然と良くなるものだと思います。

古代の人たちが自然と共に生きていたときは、きっとそうだったはずなのです。

人間は自然の一部|この世界はひとつの塊のまとめ

今日は『人間は自然の一部|この世界はひとつの塊』と題して、人間は自然の一部であるということ。併せて環境問題について考えました。

自分とは何者か 
自分と対峙するものとして自然があるのではなくて自然の一部として存在しているのが自分です。

自分は他人のために存在している 
自分以外のすべてのモノは自分がいるから意味があります。
そして自分も自分以外があるから意味を持つのです。世界と自分は切っても切れない関係です。

この世界はひとつの塊 
この世界はひとつの塊として存在していて、自分という意識を持った『自分』だと思っているモノが世界の中で自分は特別なモノだと思い上がりながらチョロチョロと動き回っているに過ぎないのです。

今日も読んでいただきありがとうございます。

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