幸せの鏡|他人を変えるには自らが変わる
他人を変えるのは簡単ではありません。
自分が良い態度を示し、他人が憧れるような態度で生きること。
自分が変われば、相手も変わりやすくなるのです。
今日は「幸せの鏡|他人を変えるには自らが変わる」と題して、他人を変えるについて考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
●幸せの鏡|他人を変えるには自らが変わる
○目の前の人は自分の鏡
悪いことを平然としている人に対して、
いくら言葉で言ってもわからない、
理解しようとしない人には、
どうやって接すれば良いですか?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11292487751)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
悪いことを平然とする人は、正しい生き方をすることが幸せだと思えない人なのだと思います。
真面目にやっても損をするとか、悪いことをする方が得だと信じていて、周りにもそういう人たちが多いのでしょう。
裏を返すと、正しい生き方をして、幸せそうに見える人やカッコいい人が周りにいないのです。
もしかすると、質問者さまご自身も、その人(悪いことを平然としている人)から見れば、悪いことを平然としている人に映っているのかもしれません。同類だと思われている可能性があります。
想像してみてください。
真面目で、悪いことなどする気配が微塵もない上司の前で、悪いことを平然とする部下はいないと思うのです。
ところが、上司がだらしなく、平気でサボったり、不真面目に仕事をする人だったら、部下たちも「こんなんでいいんだ」と、同じような仕事ぶりになります。
つまり、類は友を呼ぶというわけです。
だから、質問者さまの実際はわかりませんが、質問者さまの前で悪いことを平然とするということは、もしかすると、その人(悪いことを平然としている人)からは、同じ穴のムジナだと思われているかもしれないということです。
目の前にいる人は、まさに自分の鏡です。
鏡というのは、自分と目の前の人が同じことをしているという意味だけではありません。
たとえば、知り合いと一緒に道を歩いていて、その知り合いが歩きタバコをしたり、タバコのポイ捨てをしたとします。
そういうことをしても、「何も言わない人」だと思われているということです。
なぜ、そう思われているかは、それだけではわかりませんが、「舐められている」「同類だと思われている」「許されると思っている」などが考えられます。
ですから、目の前の人を見れば自分が他人からどう見えているのかがわかるのです。
そういう意味で、目の前の人は自分の鏡なのです。
○他人を変えるには自らが変わる
では、どうすれば他人を変えることができるのでしょうか?
質問の通り、いくら言葉で言っても他人は変わりません。
頭ではわかっても、よほどのメリットかインパクトがないと他人は変わらないのです。
ですから、自発でなければいけないのです。
「悪いことを辞めよう」と思わせるのではなく、こんな風に生きたいと自発的に思わせるのです。
それには、正しい生き方をして、とても幸せそうにしている姿や得をしている姿を強烈に見せる必要があります。
人は「お金持ち」の真似をしたがります。
お金持ちの真似をしたり、言う通りにしていると、自分もお金持ちになれるかもしれないと思うからです。
だから、お金持ちでない人が、他人から真似をされるためには、よほど幸せそうに見えるか、人間として尊敬されるような人でないと、なかなか周りは「こんな風に生きたい」とは思ってくれません。
まして、人生の中でほんのすれ違い程度にしか関係がない他人に、自分を見て「こんな風に生きたい」と思わせるのは至難の業です。
何か、強烈な振る舞いや一言二言の言葉で相手を変えようと思ってもなかなか難しい。
普段の振る舞い、生き方、発する言葉で、少しづつ「立派な人だ」「自分もこんな風に生きたい」と思ってもらうしかありません。
目の前の人が、自分の前で悪いことを平然とするということは、少なくとも自分はそういう人間ではないということなのです。
つまり、相手を変えたいなら、自分が変わらないといけないということなのです。
○幸せの鏡
もう20年くらい前の話になりますが、当時付き合っていた彼女はとても時間にルーズな人でした。
ある日、友人夫婦と2組で旅行に行く機会があり、彼女と二人で朝迎えに行きました。
当たり前のように約束の時間に行くと、その家族はまだ朝食の最中だったのです。
「はっ!?」と目を疑いましたが、旦那さんの方が彼女にむかって「◯◯が時間通りに来るとは思わなかった」と逆に驚かれたのです。
彼女のことを「時間にルーズな人かもしれない」と薄々は感じていましたが、その時に薄々が確信に変わりました。
自分の生き方は、周りの人が自分をどう扱うか?でわかります。
部下が丁寧で正確な仕事をしていると、上司である自分が丁寧で正確な仕事をしているということだし、子が親孝行だと、その親は子を大切に育てたのだとわかるのです。
そう考えると、周りにいる人を責めたり、他人のせいにできることは何ひとつないと思わされます。
では、ごきげんよう。さようなら。
電子書籍を出版しています。
Unlimited会員なら0円で購入できます。
ぜひ、お読みください。m(_ _)m
●幸せの鏡|他人を変えるには自らが変わるのまとめ
今日は「幸せの鏡|他人を変えるには自らが変わる」と題して、他人を変えるについて考えました。
○目の前の人は自分の鏡
たとえば、知り合いと一緒に道を歩いていて、その知り合いが歩きタバコをしたり、タバコのポイ捨てをしたとします。
そういうことをしても、「何も言わない人」だと思われているということです。
なぜ、そう思われているかは、それだけではわかりませんが、「舐められている」「同類だと思われている」「許されると思っている」などが考えられます。
ですから、目の前の人を見れば自分が他人からどう見えているのかがわかるのです。
そういう意味で、目の前の人は自分の鏡なのです。
○他人を変えるには自らが変わる
人生の中でほんのすれ違い程度にしか関係がない他人に、自分を見て「こんな風に生きたい」と思わせるのは至難の業です。
何か、強烈な振る舞いや一言二言の言葉で相手を変えようと思ってもなかなか難しい。
普段の振る舞い、生き方、発する言葉で、少しづつ「立派な人だ」「自分もこんな風に生きたい」と思ってもらうしかありません。
○幸せの鏡
自分の生き方は、周りの人が自分をどう扱うか?でわかります。
部下が丁寧で正確な仕事をしていると、上司である自分が丁寧で正確な仕事をしているということだし、子が親孝行だと、その親は子を大切に育てたのだとわかるのです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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