虚しい人生?美しく生きる?|生きる意味はあなた次第
人生は虚しいと感じることもあるかもしれません。でも、人生は自分の思い方次第で、幸せにも虚しくもなるのです。
どんな状況でも、良い方に目を向ければ、必ず幸せは見つかります。
私たちが人間として生まれるのは、とても難しいことです。だから、今という時間は奇跡のようなものです。
どんなことも大切に、そして本気で向き合えば、人生はもっと楽しくなります。
今日は「虚しい人生?美しく生きる?|生きる意味はあなた次第」と題して、虚しい人生?について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
●虚しい人生?美しく生きる?|生きる意味はあなた次第
○虚しい人生?美しく生きる?
人生は虚しいものでしょうか。
今を生きている事は確かですが、最後にあるのは死という終わりです。
続きがないという事は今努力する意味は何なのでしょうか。
努力しない事の言い訳にはならないのはわかります。
ただ今は努力する事に意味を見出せなくなっています。
皆様は人生をどうお考えでしょうか。
人生は虚しいものでしょうか。
今を生きている事は確かですが、最後にあるのは死という終わりです。
続きがないという事は今努力する意味は何なのでしょうか。
努力しない事の言い訳にはならないのはわかります。
ただ今は努力する事に意味を見出せなくなっています。
皆様は人生をどうお考えでしょうか。
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14294083164)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
常々思っているのは、人生は自分の思い方次第だということです。
もしかすると、こう生きると幸せになるとか、こう生きるのが正解だというような法則が、この世界にはあるのかもしれませんが、それは死ぬまでわかりません。いえ、死んでもわからないかもしれません。
生きている我々に正解はわからないのです。
だとすると、人生をどう解釈しているか?人生とはどういうものかを、どう考えているか?で、幸せに生きれるか、そうでないかが決まるのだと思うのです。
人間はいずれ死にます。どうせなくなる人生のために頑張ることは虚しいと思えば、それがその人にとっての正解です。
お釈迦さまが言われたように「一切皆苦(いっさいかいく)」「人生は苦である」です。
ですが、こう考えることもできます。
だから、生きている今を楽しもう。「人生は美しい」と。
2022年春ドラマで放送されていた『妻、小学生になる。』(2022年3月11日放送第8話)の中でとても好きなセリフがあります。
生まれ変わった母、貴恵との時間がもうすぐ終わってしまうんじゃないかと不安げな麻衣に蓮司が言ったセリフです。
「あのさぁ。イクラ丼って美味いじゃん。めっちゃくちゃ美味いイクラ丼を食べてるのに、ああ〜もう少しでなくなっちゃう、なくなっちゃうって食べてたら、せっかくの美味いイクラ丼の味わかんなくない?」
「今を生きている」と頭では理解していても、心はなかなかそうはいかないのが人です。
ですが、思い方でいかようにも見えるのも人生だと思うのです。
○人生は思い方次第
人は、良いことも悪いことも相対的にしか理解できません。
AとBを比較することで、AのこともBのことも理解できるのです。
ここからが厄介なのですが、善悪をつけたり、正解不正解をつけたり、苦楽をつけたりすることで比較するのです。
そして、よほど意識しなければ、自分にとって都合が悪い方に目がいくのが人間です。
松下幸之助さんは、面接のときに「あなたは運がいいか?」と尋ねて、「自分は運がいい」と答えた人しか採用しなかったというのは有名な話です。
運がいい人というのは、何が起こっても自分は運がいいと思っている人のことだと考えていたそうです。
たとえば、道を歩いていて転んだら運は良いですか?悪いですか?
ほとんどの人は運が悪いと答えます。
ですが、足の骨が折れなかったと思えば運は?良いのです。
でも、折れる時もあります。
折れたとしたら運は良いですか?悪いですか?
悪いと答える人が多いでしょう。
でも、死ななかったと思えば運は良いのです。
でも、死ぬ時もあります。
それでも運は悪くないのです。
なぜなら、「こんな所は嫌だ」とあの世から帰ってきた人は一人もいないからです。
きっと、あの世は良いところなのです。
どんな状況に置かれても、たとえ死んだとしても運が良いと思う考え方というものはあるのです。
人生は思い方次第なのです。
○盲亀浮木のたとえ
お釈迦様の教えに『盲亀浮木(もうきふぼく)のたとえ』という教えがあります。
「果てしなく広がる海の底に、目の見えない亀がいる。
その盲亀が、百年に一度、海面に顔を出すのだ。
広い海には一本の丸太ん棒が浮いている。丸太ん棒の真ん中には小さな穴がある。
その丸太ん棒は風のまにまに、 西へ東へ、南へ北へと漂っているのだ。
阿難(あなん)よ。
※阿難は釈迦十大弟子の一人
百年に一度、浮かび上がるこの亀が、 浮かび上がった拍子に、 丸太ん棒の穴に ひょいと頭を入れることがあると思うか」 聞かれた阿難は驚いて、
「お釈迦さま、そんなことはとても考えられません」 と答えると、「絶対にないと言い切れるか」。お釈迦さまが念を押される。
「何億年かける何億年、 何兆年かける何兆年の間には、ひょっと頭を入れることがあるかもしれませんが、無いと言ってもよいくらい難しいことです」と阿難が答えると、
「ところが阿難よ、 私たちが人間に生まれることは、この亀が、丸太ん棒の穴に首を入れることが有るよりも、 難しいことなんだ。有り難いことなんだよ」 と教えられています。
僕は、この教えを信じています。
人間として生まれることもそうですが、すべての今が、盲亀が浮かび上がった拍子に、 丸太ん棒の穴に ひょいと頭を入れるくらい「有ることが難しい」ことなのです。
なので、良いことも悪いことも大切に、そして本気で向き合うようにしています。
傍から見れば、「何をこんなことでムキになって」と思っている人もいるかもしれませんが、そんなことはなんとも思っていません。
多少、空気が悪くなる時もありますが(笑)、それが僕の生き方だからと思って受け入れています。
僕には、僕にしかできない生き方があると信じています。
では、ごきげんよう。さようなら。
電子書籍を出版しています。
Unlimited会員なら0円で購入できます。
ぜひ、お読みください。m(_ _)m
●虚しい人生?美しく生きる?|生きる意味はあなた次第のまとめ
今日は「虚しい人生?美しく生きる?|生きる意味はあなた次第」と題して、虚しい人生?について考えました。
○虚しい人生?美しく生きる?
常々思っているのは、人生は自分の思い方次第だということです。
もしかすると、こう生きると幸せになるとか、こう生きるのが正解だというような法則が、この世界にはあるのかもしれませんが、それは死ぬまでわかりません。いえ、死んでもわからないかもしれません。
生きている我々に正解はわからないのです。
だとすると、人生をどう解釈しているか?人生とはどういうものかを、どう考えているか?で、幸せに生きれるか、そうでないかが決まるのだと思うのです。
○人生は思い方次第
どんな状況に置かれても、たとえ死んだとしても運が良いと思う考え方というものはあるのです。
人生は思い方次第なのです。
○盲亀浮木のたとえ
人間として生まれることもそうですが、すべての今が、盲亀が浮かび上がった拍子に、 丸太ん棒の穴に ひょいと頭を入れるくらい「有ることが難しい」ことなのです。
なので、良いことも悪いことも大切に、そして本気で向き合うようにしています。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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