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明日には何もない|犀の角のようにただ独り歩め

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人間は希望があるから生きていけると言えますが、希望があるから幸せになれないということもあります。

希望は幸せではありません。

希望は明日にあり、幸せは今ここにあります。

これは大きな気づきになります。

今日は『明日には何もない|犀の角のようにただ独り歩め』と題して、希望について考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

明日には何もない|犀の角のようにただ独り歩め

明日には何もない

希望があるから生きていける。

ですが、希望を持っている間は本当に幸せにはなれません。

希望を持つということは未来に対して希望を持っているということです。

つまり、明日に何かあると思って生きているわけです。

ですが、幸せというのは感じるものですよね。

感じることは今しか出来ません。

明日を感じるって出来ないわけです。

明日は想像するもので感じることは出来ません。

つまり幸せは今にしかありません。

それなのに明日にこそ何かあると思って生きるということは、ハッキリ言うと一生幸せになれないということを意味しています。

ですが、ほとんどの人が未来に希望を持って生きていませんか?

将来のために勉強しなさいとか、今頑張らないと将来が不安だとか。

みんなが同じ方向を見ているときに、自分だけが違う方向を見るのは怖いものです。

阿部敏郎さんのYou Tubeでこんな小話が披露されていました。

アメリカのゴールドラッシュの時代。

金が出るということで、多くの人が西海岸に殺到しました。

しかし、金を掘り当てることが出来たのは一部の人だけで、劣悪な環境の中、バタバタと人が死んでいきます。

天国の門のところには志半ばで死んだ人たちが天国への受付待ちで長蛇の列を作っています。

並んでいたひとりの男が順番を速くしたいと思いある行動に出ました。

メモに、ある情報を書いてポイッとその辺に捨てておきました。

そのメモを拾った人が列を離れました。

その内容が少しづつ噂になり、ポツリポツリと人が離れて行きます。

そのメモになんと書かれていたか?

『地獄にて金脈発見』

並んでいる人たちは金を掘り当てることを夢見た人たちばかりですから、メモを見た途端に地獄へ向かって移動していきます。

最初はしめしめと男は思っていましたが、やがてほとんどの人が地獄にむかって移動しました。

それを見ていた男は、だんだん不安になってきました。

本当に金脈が発見されたのではないか?

今に心をとどめてみる

みんな同じ方向を見ていると、それが正しいような気がしてしまいます。

しかし、実際は世界70億人がそう思ったとしても間違っていることだってあるはずです。

たとえば、それが『私』の幸せです。

みんなが明日のためにと生きていると『私』も明日のために生きないと遅れをとってしまうという衝動に駆られます。

明日のために生きないと幸せになれないという錯覚をしてしまいます。

しかし、そんなときに一旦それを止めてみるのです。

自分は自分です。

今幸せになるために今に心をとどめてみる。

そうすると、自分を取り巻いていた過去の後悔とか、未来の不安から解き放たれます。

今を生きていますから、過去や未来から解放されるんです。

その景色を見たときに、それこそが自分の探し求めていたものだと気づきます。

これまでは、探し求めているものが、なぜか明日にあるような気がしていたんです。

しかし、本当は今ここにあったのだと気づきます。

そのためには他人が向いているからと自分も同じ方向を見ないといけないという強迫観念から目を覚ますことです。

犀の角のようにただ独り歩め

お釈迦様は『犀(さい)の角のようにただ独り歩め』と言われます。

孤独を勧められています。

というのは、人間の苦しみは人間関係に由来しているからです。

他人は『私』を惑わします。

自分は自分、他人は他人だということを忘れてはいけないのです。

しかし、矛盾しているようですがお釈迦様は善友を持てとも言われます。

善友というのは単に優秀な友というだけではありません。

反面教師とも言いますが人の悪しきところから学ぶということもありますから、善友とは自分を取り巻く人たちすべてのことをおっしゃっているように感じます。

優れた人格形成には両方必要です。

他人を見て己を知るということが必要な時があります。

他人から学ぶことが出来れば、すべての人が善友になるのです。

自分の感情を通して他人を見るのではなく、自分の心の鏡だと思って他人を見るという心構えが大事です。

『あなたは私、私はあなた』といいます。

そのことを理解した上で『犀の角のようにただ独り歩め』なのです。

明日には何もない|犀の角のようにただ独り歩めのまとめ

今日は『明日には何もない|犀の角のようにただ独り歩め』と題して、希望について考えました。

明日には何もない 
幸せというのは感じるものですよね。
感じることは今しか出来ません。
明日を感じるって出来ないわけです。
明日は想像するもので感じることは出来ません。
つまり幸せは今にしかありません。

今に心をとどめてみる 
今幸せになるために今に心をとどめてみる。
そうすると、自分を取り巻いていた過去の後悔とか、未来の不安から解き放たれます。
今を生きていますから、過去や未来から解放されるんです。
その景色を見たときに、それこそが自分の探し求めていたものだと気づきます。

犀の角のようにただ独り歩め 
人間の苦しみは人間関係に由来しているからです。
他人は『私』を惑わします。
自分は自分、他人は他人だということを忘れてはいけないのです。

今日も読んでいただきありがとうございます。

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