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愛することは難しい|愛せない自分を愛しましょう

愛すると愛される。

間違いない法則だと思いますが、愛することは簡単ではありません。

愛せない自分を愛すること。

それでも愛せない自分を愛することなのです。

今日は『愛することは難しい|愛せない自分を愛しましょう』と題して、愛することについて考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

愛することは難しい|愛せない自分を愛しましょう

愛することは難しい

昨日は、『自分を愛し、他人からも愛される法』というタイトルで、他人を愛すれば、自分も愛されるということを書きました。

今日は一変、『愛することは難しい』ということを書きます。

昨日の結びでこう書きました。

他人を愛しましょう。
自分を愛しましょう。
愛せないことがある自分を愛しましょう。

良いことだとわかっていても、それを実践するとなると難しいというのが常です。

簡単に出来るなら、誰でも幸せになれて誰も苦労しないですよね。

修行と呼ばれるものは、何をするかは実に簡単だけど、実践するとなると非常に難しいものです。

『他人を愛する』というのは、なるほど、やるべきことは実にわかりやすいですが、ご存知の通り誰にでも出来るかというと簡単に出来るものではありません。

それはなぜか?

怖れです。

愛せなくなるのは怖れが出てくるからです。

愛が怖れに変わる

ひとつの例をあげます。

たとえば会社に新入社員が入ってきたとしましょう。

自分の部下になりました。

最初は何もわからなくて、慕ってくれて可愛いですね。

そんな部下を愛することは簡単です。

『わからないことは何でも聞いてね』と優しい言葉をかけられます。

しかし、だんだん仕事を覚えてくると、今まで素直だった部下が口ごたえするようになってきます。

意見をしてきたり、言うこと聞かなくなったりします。

そうすると愛せなくなります。

心がざわついてきます。

そのうちに、仕事によっては、自分よりも部下の方が出来るようになったりします。

そうすると、そのざわつきは怖れに変わるのです。

少し心の勉強が進んだ人なら、こんなふうに考える人もいるでしょう。

『部下も悪気があるわけではなくて、私もこれだけ出来るようになったとアピールしてるだけ、それは自分が教えてあげたからで、きっと部下も自分に感謝しているのだろう』とか(笑)。

そういうふうに相手の立場なって気持ちを想像出来るのはとても良いことなのですが、そういうふうに想像すること自体が怖れがあることの証です。

怖れがなければ、ハナからそんな気持ちにもならないし、そんな想像をする必要もありません。

愛せているときは、最初のざわつき自体が起こらないものです。

すべてを平等に愛するというのは難しい

そんな気持ちを起こすなんて修行が足らない!!とは思いません。

愛することと、怖れることは、プラスとマイナスというよりも西と東みたいな関係だと思います。

愛することが良くて、怖れることが悪いのではなくて、理想がゼロ地点とか真ん中なら、愛することも、怖れることも、西とか東のどちらかに偏っているようなものです。

可愛さ余って憎さ百倍と言いますが、反対に振れただけなのです。

理想は愛してもいないし、怖れてもいない状態。

そんなフラットな状態が最高だと思います。

本当の愛は、そのフラットな状態だからです。

愛という言葉は、言葉としてはひとつですが、ふたつの愛があります。

特定のものを愛している愛と、別け隔てなく、すべてを愛している愛です。

特定のものを愛している愛というのは、恋愛、人類愛、親子愛、家族愛、師弟愛、愛国心などです。

別け隔てのない愛というのは『愛』しか存在しません。

前に何もつかない愛です。

つまり愛しか存在しないのです。

特定のものを愛しているというのは、それ以外は愛していないとまでは言いませんが、そこには差があります。

家族と赤の他人が溺れていたら、家族を助けてしまうのは、家族愛ですが、それはすべてを愛する『愛』ではないのです。

すべてを平等に愛するというのは、そもそも難しいのです。

それは赤の他人よりも家族の方が大切です。

他国の人より同胞の味方をしたくなるのが人情というものです。

ですから、すべてのモノを平等に愛するというのは心を持っている人間には簡単ではないのです。

ですから、昨日の結びに書いた、

他人を愛しましょう。

自分を愛しましょう。

愛せないことがある自分を愛しましょう。

ということが人間に出来る精一杯だと思います。

だからこそ人間

仏教ではこんな話があります。

昔、ある徳の高いお坊さんが、周りの人たちに聞きました。

もし、川に妻と母親が同時に落ちたらどちらを助けるか?

「儒教の教えによると、子は親を敬うのが大事、だからまず母親を助けるべきだ」

 「いや、キリスト教の教えからすれば愛が基本、だから愛する妻から助けるべきでしょう」 

お坊さんは言いました。

「そんなに議論ばかりしていると、二人とも溺れ死にするぞ!早く助けんか!」

「和尚さんであれば、どうされますか?」

「わしか。わしであれば、まず近くにいるほうを助ける。命に色はついてない。考えるから迷うんだ。」

特定のものを愛するという感情は歴史や記憶が作り出すものです。

優先順位を考えてしまうのは、感情があるゆえです。

悟りを開いた徳の高いお坊さんでない限り、すべてを分け隔てなく愛することは難しい。

でも、だからこそ人間だとも思うのです。

愛することは難しい|愛せない自分を愛しましょうのまとめ

今日は『愛することは難しい|愛せない自分を愛しましょう』と題して、愛することについて考えました。

愛することは難しい 
『他人を愛する』というのは、なるほど、やるべきことは実にわかりやすいですが、ご存知の通り誰にでも出来るかというと簡単に出来るものではありません。
それはなぜか?
怖れです。

愛が怖れに変わる
相手の立場なって気持ちを想像出来るのはとても良いことなのですが、そういうふうに想像すること自体が怖れがあることの証です。

すべてを平等に愛するというのは難しい 
すべてのモノを平等に愛するというのは心を持っている人間には簡単ではないのです。
ですから、昨日の結びに書いた、
他人を愛しましょう。
自分を愛しましょう。
愛せないことがある自分を愛しましょう。
ということが人間に出来る精一杯だと思います。

だからこそ人間
優先順位を考えてしまうのは、感情があるゆえです。
悟りを開いた徳の高いお坊さん出ない限り、すべてを分け隔てなく愛することは難しい。
でも、だからこそ人間だとも思うのです。

今日も読んでいただきありがとうございます。

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