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愛せない自分であっても愛せる自分のように愛する

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愛の話しです。

このブログでは何度も書いていることですが、とても大切なことだと思うので、何度も書きます。

他人を愛することは、自分を愛することでもあるのです。

今日『愛せない自分であっても愛せる自分のように愛する』とか題してる、真の愛について考えます

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

愛せない自分であっても愛せる自分のように愛する

分け隔てのない愛

昨日、ある人と愛の話をしたので今日は愛について書いていきます。

愛と言っても浮いた話の愛ではなくて言葉で言うなら『宇宙愛』とか『この世界を愛する』と言う愛ですね。

愛といっても『恋愛』『家族愛』『愛国心』といったものは、何かと比較して愛していると言うことなので、偏った愛です。分け隔てのない愛ではないですね。

『恋愛』はある特定の人を愛することです。

『家族愛』とは自分の家族を特別視することです。

愛に何かがついたとき、それは何かと比較して愛している様を表しています。

私たちは『愛』を分け隔てがない平等な心という意味で理解しながら、実は善人は愛するけれど悪人は愛さないとか、特別な人を愛するとか偏った愛を実践しているのです。

それが悪いということではなくて、明らかに分け隔てのない愛とは違うということです。

愛というと相手を思いやることだということを言う人があります。

それ自体は素晴らしいことですが、この場合の相手というのは特別な人のことです。

今日書きたいのは、分け隔てのない愛です。

特別な人を作らない。

自分にとって都合の良い人も悪い人も愛するという愛です。

すごく極端な例えですが、今目の前にあるマグカップと母親とどっちが大事かって聞かれたときに『同じくらい大事です』というくらい分け隔てがないことです。

つまり、この世界にあるもの全てを等しく愛すると言った愛ですね。

私はあなた、あなたは私

映画『私の中のあなた』

『私はあなた、あなたは私』と言う言葉をよく耳にします。

昨日は、『そういうこと言うのはだいたい怪しい人ですね』って言われました。

そうです。怪しい人です。(笑)

それはどういうことかと言うと、あなたを見ているのは私であって私があなたを決めていると言うことです。

あなたは私の中にあるあなたなんですね。

あなたが本当はどういう人かということは別問題で、私が知っているあなたは私が決めているあなただということです。

私にはすごく意地悪なあなたであっても、家族に対してはすごく愛のあるあなたかもしれません。

私が知っているあなたというの本当のあなたではないですね。

私が決めているあなたでしかないわけです。

だから『私はあなた、あなたは私』なんです。

これをもっと大きな視点で考えたとき、この世界にあるすべてのものが実は私であるといえるわけです。

目の前にあるマグカップも、私が『これはマグカップで、珈琲を飲むのに使うものだ』と決めているというわけです。

いえいえ、それは自分が決めたのではなくて世間でそう決まってると思うかもしれませんが、世間が言っている言葉をそう解釈しているのも私なんです。

この世界にある全てのものが実は私と言えるのはそういう意味です。

モノだけではありません。

聞こえてくるもの。触るもの。匂いがあるもの。味わえるもの。触れるもの。

つまり五感で感じるすべてのものは、自分が感じ、そして自分が解釈している。

私がそう解釈しているのだと言うことです。

すべてのものが『私はあなた、あなたは私』というわけです。

愛せない自分であっても愛せる自分のように愛する

西郷隆盛

西郷隆盛の座右の銘に『敬天愛人』があります敬天愛人と言うのは文字通り、天を敬い人を愛すると言う意味ですが、この言葉にはもっと奥行きがあります。

天は自分を愛するように人を愛する。天を敬うのであれば、天がそうしているように、自分を愛するように他人を愛しなさいという意味があります。

自分と他人を区別することなく愛しなさいということです。

自分を愛するように他人を愛するなんてとても難しいことだと思いますが、『私はあなた』ということであれば出来るのかもしれないと思えてきます。

もちろん、それでも簡単ではありません。

ただ、いつまでも引きづらないということは出来ると思いますし、思い直すということは出来ると思います。

人間ですから憎んだり嫌ったりすることは避けては通れません。

しかし、敬天愛人なんだと。『私はあなた』なんだということを思い出し、思い直すことなら出来ると思うのです。

そして、もう一歩踏み込んで考えると。

愛せない自分であっても愛せる自分のように愛するということでもあるのです。

もし、自分を嫌いだとしても、自分を嫌っている自分を愛してください。

愛せない自分であっても愛せる自分のように愛するのまとめ

今日『愛せない自分であっても愛せる自分のように愛する』とか題してる、真の愛について考えました。

分け隔てのない愛 
特別な人を作らない。
自分にとって都合の良い人も悪い人も愛するという愛です。

私はあなた、あなたは私
聞こえてくるもの。触るもの。匂いがあるもの。味わえるもの。触れるもの。
つまり五感で感じるすべてのものは、自分が感じ、そして自分が解釈している。
私がそう解釈しているのだと言うことです。
すべてのものが『私はあなた、あなたは私』というわけです。

愛せない自分であっても愛せる自分のように愛する 
愛せない自分であっても愛せる自分のように愛するということでもあるのです。
もし、自分を嫌いだとしても、自分を嫌っている自分を愛してください。

今日も読んでいただきありがとうございます。

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