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不幸せを幸せに変える|苦しみがあるからこそある幸せに目を向ける

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この世界は幻想だという考えがありますね。



実際はエネルギーだけがあって、それを自分の解釈でそれぞれが見ていると。



だから一人ひとりに世界があるわけです。



それぞれに世界が在るけれど、一人ひとりがエネルギーの世界を見た結果、解釈した世界であるから、もともとはひとつなわけです。

その状態をワンネスと呼んでいると僕は解釈をしています。

今日はそれについての是非の話ではありません。

で、どうします?という話をしたいと思います。


今日は『不幸せを幸せに変える|苦しみがあるからこそある幸せに目を向ける』と題して、不幸せを幸せに変える生き方ついて考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

不幸せを幸せに変える|苦しみがあるからこそある幸せに目を向ける

見えない世界をどう取り扱うか?

僕はワンネスという考えを信じています。

悟り体験とか、一瞥体験(いちべつたいけん)、目覚めとか言いますが、僕にはそういう体験はありませんので、未確認ではありますが、そう考えると辻褄が合うというか説明がつくと思っています。

なので信じているというよりも、きっとそうに違いないと思っています。

たとえば空(くう)と色(しき)の概念を説明するときに、空がエネルギーの世界で、それを解釈したものが色、物質であるとするなら、人それぞれの解釈によって物質を見ているということになります。

同じガラスの器を見ても、それをコップという人もいれば、グラスという人もいるということですから、なるほどと説明がつきます。

これを人間に置き換えると、心は空で、言葉や行動は色です。

心は無限の世界ですが、言葉や行動は有限です。

言葉や行動だけでは心のすべてを表すことは出来ませんので、言葉や行動だけを見ると人間はコミュニケーションエラーを起こします。

実は表情や音(声)などで表しているのですが、それは感じる人と感じない人がいて、感じる人でも解釈が人によって違います。

だからコミュニケーションエラーが起こるわけです。

もし、心の中がすべて見えたなら、人はみな幸せというひとつの状態を目指しているわけで、実は求めていることは同じで、やり方違うだけなのだとわかると分かり合うことが出来るでしょう。

ただ、問題があります。

空は目に見えない世界と見える世界を合わせたもので、色はそのうちの目に見える世界だけのことです。

ワンネスという考えを信じるということは、目に見えない世界を『在る』と信じることです。

目に見えない世界は、見えていないから見えない世界なわけです。

見えないのに信じることが難しいのです。

ワンネスがこの世の真理だったとすると。(きっとそうに違いないと思っているのですが)

見えない世界をどう取り扱うか?という問題が起こるわけです。

苦しみがあるからこそ得られている幸せ

一瞥体験や悟り体験をして見えない世界が見えた人には何も問題がないのですが、恐らく僕も含めた多くの人はそういう体験をせずにこの世を去ることだろうと思います。

そういう人は、自分の解釈と思い込みでこの世界を見続けることになります。

それは実に独りよがりで、必ず他人と食い違い、信じていることからは裏切られ、苦しい人生を歩くことになります。

決して悲観した気持ちで言っているのではなくて、目に見えるものは、すべてが全体の一部である以上、必ず自分が知らないことがあり、理解出来ないものがあって、それは自分にとっては苦しみになってしまうのです。

お釈迦さまが言われた『人生は苦である』ということです。

生老病死という四苦八苦の四苦は、見える部分だけを取り上げて、見えない部分を見ないことによる苦しみなわけです。

人間は生まれながらに四苦八苦があるという教えの本質は、その苦しみがあるからこそ得られている幸せに目を向けなさいという教えに違いないと思います。

老いるということは若い時があったということですし、病にかかるということは元気だった頃があったわけです。

死というのは生きている人にしかやってこない体験です。

幸せだったことは忘れて不幸になったときだけを問題にするのはいかがなものでしょうか?

見えない世界を信じること

人は一瞥体験や悟り体験をしないと幸せになれないのでしょうか?

そんなことはないと思います。

全部が見えたらから幸せになるわけではありません。

これは想像ですが、すべてが見えて、すべてがひとつになってしまうと、幸せという感覚もなくなってしまうと思われます。

幸せは不幸せというものがあって成り立つ感覚だからです。

死ぬから生きているときが輝きますし、病にかかるから元気なときが幸せなんです。

いつも元気だったり、死なないとしたら生きていることが有り難くもなんともなくなってしまいます。

それこそ不幸せです。

見えない世界を信じることです。

人の愛とか善意とか優しさを信じること。

見えない世界を信じることが不幸せを幸せに変える生き方なのです。

不幸せを幸せに変える|苦しみがあるからこそある幸せに目を向けるのまとめ

今日は『不幸せを幸せに変える|苦しみがあるからこそある幸せに目を向ける』と題して、不幸せを幸せに変える生き方ついて考えました。

見えない世界をどう取り扱うか? 
目に見えない世界は、見えていないから見えない世界なわけです。
見えないのに信じることが難しいのです。ワンネスがこの世の真理だったとすると。(きっとそうに違いないと思っているのですが)見えない世界をどう取り扱うか?という問題が起こるわけです。

苦しみがあるからこそ得られている幸せ 
老いるということは若い時があったということですし、病にかかるということは元気だった頃があったわけです。
死というのは生きている人にしかやってこない体験です。
幸せだったことは忘れて不幸になったときだけを問題にするのはいかがなものでしょうか?

見えない世界を信じること
幸せは不幸せというものがあって成り立つ感覚です。
死ぬから生きているときが輝きますし、病にかかるから元気なときが幸せなんです。
いつも元気だったり、死なないとしたら生きていることが有り難くもなんともなくなってしまいます。

今日も読んでいただきありがとうございます。

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