他人から責められてる気がする人

他人から責められている気がする。
何か他人から意見をされると、その全部が自分を責めているように感じてしまう人がいると思います。
自覚している人はまだマシな方で、自覚していない人は、自分でも気づかないうちに自分を守るし、やられる前にやってやろうと相手のことも責めるしで手がつけられませんよね。
しかし、自分が思っているほど他人は自分のことを責めてもいないし。
更に言うとそれほど関心がないということもあります。
今日は『他人から責められてる気がする人』と題して、責められていると感じたときの考え方について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
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くろちゃんです。
他人から責められてる気がする人
他人は自分が思っているほど自分のことを責めてはいない
責められていると感じやすい人に安心して欲しいという気持ちと、自分に対する慰めということもあります。
ともいきで『自分に素直に正直に』を推奨しているということもありますが、脳出血をしてから、以前に比べるとかなり素直に言いたいことを言うようになりました。
言いたいことを言うのに応じて、それに対する批判も同時に感じるようになります。
責められているような気がするという気持ちも強くなっているんです。
素直になるということは、強くなるだけではなくて、同時に傷つきやすくもなっているんですね。
山が高くなると必然的に谷底も深くなりますよね。
そんな感じです。
責められていると感じて、傷ついた時に思うことが、『他人は自分が思っているほど自分のことを責めてはいない』ということです。
その根拠は何かというと、自分はそれほど他人のことを責めていないからです。
もしかすると心の奥底では自分が思っている以上に責めているのかもしれませんが、頭ではそれほど責めてはいないですよね。
人はそれほど人のことをバカにしたり責めたりはしていないものです。
子どもの頃よく言った『バカって言う方がバカ』が刷り込まれていますので、他人は自分が思っているほど人のことをバカにしないのです。
道徳心が誰の心にもあって、人のことをバカにしたり責めることは人間としてやってはいけないことだと知っているのです。
人間の良心を信じる
自分のことをよく観察してみると思うことがあります。
とても優しいです。
厳しいのも優しさです。というより優しいから厳しく出来るのです。
相手がどう受け止めるかはその人次第ですが、もし心がオープンで目に見えるものなら誤解もなく優しさが伝わるのになと思います。
他人から責められていると感じている時は、それと立場が逆になっている状態ですよね。
その人は優しさだったり、忠告してくれているのが、自分には優しさに感じられないだけなのです。
もしそれが、その人の優しさだとわかれば救われますよね。
どんなに厳しいことを言われても自分のことを思って言ってくれていると思えたら受け入れられるし、どんなに見た目には優しいように見えても、きっと本性は違うんだと思ってしまえば受け入れられません。
自分にも意地悪な心があるときがあるように、他人も意地悪な心のときもあるでしょう。
でも、なんだかんだ言っても人間は優しさの方が勝ってるし、人から好かれたいという気持ちが強いです。
嫌われることを率先してしている人はまずいません。
そんな人間の良心のようなものを信じていいと思います。
他人から責められてる気がすることが多い人にお伝えしたいのは、他人はあなたが思っているほどあなたのことを責めてはいないということなんです。
他人から責められてる気がする人のまとめ
今日は『他人から責められてる気がする人』と題して、責められていると感じたときの考え方について考えました。
他人は自分が思っているほど自分のことを責めてはいない
道徳心が誰の心にもあって、人のことをバカにしたり責めることは人間としてやってはいけないことだと知っている。
人間の良心を信じる
その人は優しさだったり、忠告してくれているのが、自分には優しさに感じられないだけ。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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