幸せは自分の心が決める|人を不幸せにした先に、自分の幸せはあるのか?
幸せは相対的なものです。
他人の幸せアピールを気にすることは、自分を不幸せにすることでもあります。
ですが、自分の幸せの要素に、他人の笑顔を加えることで、他人の幸せが自分の幸せになります。
今日は「幸せは自分の心が決める|人を不幸せにした先に、自分の幸せはあるのか?」と題して、幸せは自分の心が決めるについて考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
●幸せは自分の心が決める|人を不幸せにした先に、自分の幸せはあるのか?
○幸せは自分の心が決める|人を不幸せにした先に、自分の幸せはあるのか?
人を不幸せにした先に、自分の幸せがありますか?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10296558680)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
「幸せは、いつも自分の心が決める」(相田みつを)と言います。
ですから、人を不幸せにしようが、自分が幸せだと思っていたら、それはやっぱり幸せです。
ただし、こうも言えます。
いくら、その人が幸せだと思っていても、それを評価する人が、「不幸せだ」と感じたら、評価した人にとっては不幸せです。
食べ物に例えるとわかりやすいと思いますが、いくら自分が美味しいと思っても、別の誰かが不味いと思えば、その人にとって、その食べ物は不味いのです。
いくら、その人のことを味音痴だといったところで、その人が不味いと思ったことを変えることはできません。
なので、その人が幸せか不幸せかは、自分には決められないのです。
一方で、たとえ、相手が自分は幸せだと言い張っても、こちらが相手を不幸せだと思ったとしたら、思ったことを変えることはできません。
だとすると、もし、自分を不幸せにした相手が、その先で幸せになることが許せない。その報いを受けて当然だと思ったとします。
その時点で、その人の不幸せは決定していると思いませんか?
○自分の不幸せを決めるのも自分
他人を不幸せにしたり、絶望させて、別の幸せを得たとしても、またそこで別の誰かを不幸せにするでしょう。
そして、また一人、また一人と、その人から、人が離れていきます。
その人は、自分が原因だと気づくまで何度も繰り返します。
それが、その人にとっての生き方であり「正義」だからです。
もしかすると、その人は自分が不幸せだとは気づいていないかもしれません。
自分が他人を裏切り、不幸せにしているのだと気づかないと、本当の幸せを一生知らずに、人生とはそんなものだと思って人生を終えるでしょう。
それを幸せだと思っているなら、その人にとって、それは幸せかもしれません。
ですが、その人にとって、それがもっとも不幸せなことです。
ですが、こうも言えるのです。
逆の視点から見れば、たとえ、その人が、自分のことを幸せだと思っていても、それを見ている人が、たとえば自分(私)が、その人が何度も同じ過ちを繰り返し、その度に人が離れていっていることに気づけば、自分(私)にとって、その人は不幸せです。
何が言いたいのか?というと、相手が幸せかどうかは、自分にとっては無関係だということです。
たとえば、自分を不幸せにした相手がSNSで幸せアピールをしていたとします。
それに嫉妬したり、羨ましく思えば、そう思った自分が不幸せになるということです。
相手が、本当に幸せかどうかは、わからないし、関係がないのに、自分が自分を不幸せにすることで、自分の中で相手は幸せになってしまうのです。
「幸せは、いつも自分の心が決める」。
この言葉は、自分の幸せのことを言っているのですが、自分の幸せを決める要素の中に、「他人と比べる」があります。
相手を幸せに思ってしまうことは、自分の不幸せを決めることになるのです。
「幸せは、いつも自分の心が決める」ということは、不幸せを決めるのも自分なのです。
○現実はいつも自分が作っている
ドラマ「真夏のシンデレラ」で、主人公のこんなセリフがあります。
私の目標は半径3m以内の幸せだから。
私は自分の半径3m以内の人たちが笑顔でいてくれたらそれでいい。
大事なモノが半径3m以内に全部あるっていった方がいいのかな。
家族も友だちも仕事も今も昔も未来も全部ここにある。
自分の周りにいる人の幸せが、実は自分の幸せに欠かせない要素のひとつだと気づかないと、人は自分のためにいくらでも自分の周りを傷つけます。
そして、自分の周りから笑顔が消えていきます。
自分の周りには、暗くて、活気もやる気もない空気が四六時中流れていることでしょう。
それを他人のせいにしていれば、さらに周りは傷つき、いっこうに空気は変わりません。
やったこともやらなかったことも、すべて自分に返ってきます。
「幸せは、いつも自分の心が決める」と言いますが、これは言い換えれば、「現実はいつも自分が作っている」ということなのです。
だとすると、人を不幸せにした先に、自分の幸せがあるはずがありません。
では、ごきげんよう。さようなら。
電子書籍を出版しています。
Unlimited会員なら0円で購入できます。
ぜひ、お読みください。m(_ _)m
●幸せは自分の心が決める|人を不幸せにした先に、自分の幸せはあるのか?のまとめ
今日は「幸せは自分の心が決める|人を不幸せにした先に、自分の幸せはあるのか?」と題して、幸せは自分の心が決めるについて考えました。
○幸せは自分の心が決める|人を不幸せにした先に、自分の幸せはあるのか?
「幸せは、いつも自分の心が決める」(相田みつを)と言います。
食べ物に例えるとわかりやすいと思いますが、いくら自分が美味しいと思っても、別の誰かが不味いと思えば、その人にとって、その食べ物は不味いのです。
いくら、その人のことを味音痴だといったところで、その人が不味いと思ったことを変えることはできません。
○自分の不幸せを決めるのも自分
相手を幸せに思ってしまうことは、自分の不幸せを決めることになるのです。
「幸せは、いつも自分の心が決める」ということは、不幸せを決めるのも自分なのです。
○現実はいつも自分が作っている
やったこともやらなかったことも、すべて自分に返ってきます。
「幸せは、いつも自分の心が決める」と言いますが、これは言い換えれば、「現実はいつも自分が作っている」ということなのです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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