愛の形が違う|自分の愛を大きくする
愛されていないと感じるとき、相手の愛を理解出来ていないということがあります。
それは愛の形が違うともいえますが、自分の愛が小さいからかもしれません。
自分の愛が大きくなって、相手の愛を包み込むことが出来たら、相手の愛も理解出来るのです。
今日は『愛の形が違う|自分の愛を大きくする』と題して、愛の形が違うについて考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
愛の形が違う|自分の愛を大きくする
愛の形が違う
親と、愛の形が違います。
たぶん愛されてるけど、私と親は、人間の愛し方や思いやりの形が違うんだと思います。
めちゃくちゃ虚しいです。愛されてないと感じる自分にもモヤモヤ。
愛の型を変換できたら良いのですが…
何かいい方法はないでしょうか?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14272454349)
みなさん、ごきげんよう。
今日もよろしくお願いします。
愛の形が違うというのは言い得て妙だと思いました。
ないとは思いたくない。でも感じられないという質問者さまの苦悩を表していると思います。
ご本人の気持ちからしたら『愛されていないと思う』でもいいのだと思いますが、そうは思いたくない、愛されていると思いたいという気持ちが表れています。
自分の中にないものは無いですから、『自分の愛し方』と違う愛し方を見せられてもそれは愛とは感じられないのです。
愛し方に限らず、すべては『自分』が基準です。
その基準から離れていけばいくほど、『わからない』そして『無い』となります。
ですが、たとえばドラマや映画を見て、『こういう愛もあるんだ』と知れば、それが新しい『愛し方』として自分の中に入ってきます。
そして、現実でそういう愛し方を見せられたとき、愛されていると感じることが出来るのです。
ですが、ことはそう簡単ではありません。
人の潜在意識を変えるには、強烈なインパクトか繰り返しが必要と言われます。
愛し方も潜在意識と同じで自分でコントロール出来るものではありません。
知ったから、そう思えるという簡単なものではないのです。
これまでになかった愛し方を自分の中に入れようと思ったら、強烈なインパクトか繰り返しが必要です。
強烈なインパクトで『これも愛なんだ』と感じるか、繰り返し、繰り返し『これも愛なんだ』と思う体験が必要です。
自分の愛を大きくする
今の質問者さまの中に、形の違う『親の愛し方』が入るためには、同じような愛し方を強烈なインパクトで見せられるか、それとも繰り返し、繰り返し『こういう愛し方』もあるんだと思う話を聞かされたり、体験する必要があります。
強烈なインパクトを受けるというのは、狙って出来るものではありません。
自ら出来ることは、繰り返し、繰り返し話を聞くことです。
つまり、親の話を聞くことです。
ですが、改まって『愛し方』について話を聞くことも出来ないと思いますし、まして繰り返しとなるとさらに難しい。
そこで普段の言動行動を『深く見る』『深く聞く』ということをしてはどうかと思います。
ひとつの言動を表面的に見るのではなく、その奥行を見る。聞くということです。
その行動の意図はなんなのか?その言葉の意図は何なのか?
これまでよりも深く聞くことを意識する。
たとえば、川を見ていて、魚なんかいないだろうと思って見ていると、本当はいるのに見えないものですが、いるかもしれないと思って見ると、最初は見えなかったものが見えてくることがあります。
表面的な行動や言葉は違っても根っこにあるのは、その人の生き方です。
その生き方から派生した行動や言葉です。
その根っこにある生き方、愛し方を見るのです。
最初は理解できなくても、『これも愛なのかな?』と思って、見たり聞いたりしていると、感じられるようになってくると思います。
これを繰り返し、繰り返しすることで『新しい愛し方』に気づけるときがくると思います。
愛の形を変えるというよりも自分の愛の形が大きくなって、親の愛の形を包括することが出来たらいいのです。
自分の大きな愛で親の愛を包み込んでしまうのです。
では、ごきげんよう。さようなら。
愛の形が違う|自分の愛を大きくするのまとめ
今日は『愛の形が違う|自分の愛を大きくする』と題して、愛の形が違うについて考えました。
愛の形が違う
愛の形が違うというのは言い得て妙だと思いました。
ないとは思いたくない。でも感じられないという質問者さまの苦悩を表していると思います。
ご本人の気持ちからしたら『愛されていないと思う』でもいいのだと思いますが、そうは思いたくない、愛されていると思いたいという気持ちが表れています。
自分の中にないものは無いですから、『自分の愛し方』と違う愛し方を見せられてもそれは愛とは感じられないのです。
自分の愛を大きくする
愛の形を変えるというよりも自分の愛の形が大きくなって、親の愛の形を包括することが出来たらいいのです。
自分の大きな愛で親の愛を包み込んでしまうのです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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