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相手を受け止めるとは? 同じ土俵に立つ 愛とは何か?

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相手を受け止めるということについて考えます。

受け止めるというのは、相手の考えに賛同することではありません。

相手の立場や状況を理解することです。

理解することも同じく賛同することではありません。

どういう場所に立っているのか?どんな気持ちでいるのか?をわかってあげることです。

今日は『相手を受け止めるとは? 同じ土俵に立つ 愛とは何か?と題して、相手を受け止めるとは?について考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

相手を受け止めるとは? 同じ土俵に立つ 愛とは何か?

相手を受け止めるとは?

愛していて好きだからこそ、許せない。

受け止めようと思っていてもどうすればいいか分からず、ただ時間だけが過ぎていく。

自分の内面の問題です。どうすれば強くなれるのですか?

yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11269708601

 

みなさん、ごきげんよう。

今日もよろしくお願いします。

 

相手を受け止めるとはどういうことでしょう?

今回の質問文を読んでいると、どうすれば我慢出来るでしょう?に聞こえてきます。

受け止めること、許すこと、強くなることとは、我慢をすることではないと思います。

受け止めるというのは、しっかり相手の話を聞いて、思っていること、考えていることをわかってあげることです。

なんでもかんでも、それでいいよと賛同することではなく、そう思っているんだということをわかってあげることです。

つまり、同じ土俵に立つことです。

その上で、これからどうするかを共に考えることです。

同じ土俵に立つ

相手を受け止められないのは、わかっていないからです。

まったく別の土俵にいたら、そこがどんな場所なのか?そこにいるとどんな気持ちになるのか?わかりません。

また、相手もそんな人が自分の気持ちをわかってくれるとは思えません。

たとえば、仕事がしんどいと他人に相談したとします。

その人は別の仕事をしているとしたら、その人から『私も仕事しんどいよ』って言われても仕事が違うんだから自分の気持ちをわかるはずないと思うはずです。

ですが、同じ仕事をしている人から、『私もしんどいけどがんばろう』と言われたら、この人が言うならと思えると思います。

わかるというのは、そういうことです。

実際(物理的)に他人と同じ土俵に立つということは出来ませんが、話をよく聞くことで、相手の立っている場所がどんなところなのか?をわかってあげることは出来ます。

そして、ただ賛同するのではなく、同じ場所に立って、ここでどうするか?を共に考えることは出来ます。

同じ場所に立って、同じ問題を一緒にクリアしていくことが受け止めるということだと思うのです。

愛とは何か?

では、愛とは何か?ですが、同じになることだと思うのです。

抽象的になってしまってわかりにくいと思いますが、あたかも相手になるということです。

自分が相手を愛するというのは、自分がいて、相手がいるという別々の立場です。

実際はそうなのですが、感覚的にというのか、精神的にというのか、自分があたかも相手になって、同じ目線で、同じ景色を見るということです。

自分と相手の区別がなくなるのです。

自分が自分を愛するという感覚を今更思うことはないと思います。

それは、自分が自分のことを愛するとか、大切にするとか、当たり前すぎて、改めて思うということはしないからです。

それは家族のことを愛しているのと同じ質のものです。

わざわざ言わなくても当たり前ということです。

逆に愛していなかったり、憎んでいるのならはっきりとそう考えたり、そう思ったりしますが、愛している場合は、改めて考えたり、思ったりしないものです。

健康の大切さがわかるのは病気をした経験があるからです。

健康な自分しか知らない人が、健康でいようと考えることはないでしょう?

自分が自分になりたいとは思わないですよね?

たとえば、そういうことです。

愛そうとも思わない。それは愛していることが当たり前だからです。

同じになるとか、ひとつになるとはそういうことです。

つまり愛というのは、一緒にいることが当たり前、同じ土俵に立って一緒に考えることをわざわざしようと思わなくても当たり前のようにそれが出来ることです。

つまり、他人ごとではなく、自分ごとということです。

そうなれば、相手を受け止めることも当たり前になるのです。

 

では、ごきげんよう。さようなら。

相手を受け止めるとは? 同じ土俵に立つ 愛とは何か?のまとめ

今日は『相手を受け止めるとは? 同じ土俵に立つ 愛とは何か?と題して、相手を受け止めるとは?について考えました。

相手を受け止めるとは? 
相手を受け止めるとはどういうことでしょう?
今回の質問文を読んでいると、どうすれば我慢出来るでしょう?に聞こえてきます。
受け止めること、許すこと、強くなることとは、我慢をすることではないと思います。

同じ土俵に立つ 
実際(物理的)に他人と同じ土俵に立つということは出来ませんが、話をよく聞くことで、相手の立っている場所がどんなところなのか?をわかってあげることは出来ます。
そして、ただ賛同するのではなく、同じ場所に立って、ここでどうするか?を共に考えることは出来ます。
同じ場所に立って、同じ問題を一緒にクリアしていくことが受け止めるということだと思うのです。

愛とは何か? 
愛というのは、一緒にいることが当たり前、同じ土俵に立って一緒に考えることをわざわざしようと思わなくても当たり前のようにそれが出来ることです。
つまり、他人ごとではなく、自分ごとということです。
そうなれば、相手を受け止めることも当たり前になるのです。

今日も読んでいただきありがとうございます。

 

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