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私が変われば相手が変わる? 相手のためになるのか?は『余計なお世話』 正しい幸せのなり方?

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相手を変えるより自分が変わる方が速いといいますが、それが相手のためになるのでしょうか?

つまり、私が変われば相手が変わるのか?幸せになるのか?問題です。

それって本当の目的は?

今日は『私が変われば相手が変わる? 相手のためになるのか?は『余計なお世話』 正しい幸せのなり方?と題して、私が変われば相手が変わる?について考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

私が変われば相手が変わる? 相手のためになるのか?は『余計なお世話』 正しい幸せのなり方?

私が変われば相手が変わる?

人を変えるより自分を変えた方が早いことは分かりますが、本当にそれが正しいことでしょうか?

私は3年9カ月付き合っている彼氏がいます。お互い22歳です。

彼氏の許せないところがいくつかありますが、その中でも遅刻することが許せません。シンプルに迷惑、時間を奪われますし、10分の遅刻を"ちょっとくらい"と言います。私も1度や2度ではそこまで言いませんが、・・・。

(後略)

yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13269757748

 

みなさん、ごきげんよう。

今日もよろしくお願いします。

 

アドラー心理学に『課題の分離』というのがあります。

自分には自分の課題があり、相手には相手の課題があるので分けて考えるという考え方です。

自分が変わったからといって、相手が変わるわけではありません。

ただ、自分の受け止め方が変わると、イライラしなくなったり、あるいは許せたりするかもしれません。

『私』が考え方、受け止め方を変えることで、『私』のイライラがなくなれば、それで『私』の課題は解決します。

ただ、相手の時間にルーズだという課題が治るか?というと、その『私』を見て変わるということがあるかもしれませんし、変わらないかもしれない。

それはやってみなければわかりません。

ただ、それは相手の課題なので、『私』が何かすることは出来ませんし、してはいけないとさえアドラーは言っています。

課題を分離した場合、今回の質問の発端は、相手の遅刻ではなく、その遅刻にイライラしている『私』にあるということになります。

発端があるというより、そこを発端にするという感じです。

つまり、『私』が変われば、今回の質問そのものがない。つまり課題は解決となるわけです。

相手のためになるのか?は『余計なお世話』

相手のためになるのか?はアドラー心理学的には『余計なお世話』ということです。

相手の遅刻は、相手自身が本当に困ったときが、相手の変わるタイミングなので、そこまで関与するべきでないのです。

なぜなら、人は他人のためには変われないからです。

考えてみれば、私が変わったからといって相手のためになるのか?という質問は、換言すれば、私が変わったからといって相手は変わるのか?→『相手のために私が変わりたくない』です。

つまり、『私』だって他人のためには変わりたくないものなのです。

『私』が変わるのは、あくまでも『私』のためにしないといけないということです。

遅刻することで相手が嫌いになるなら別れればいいだけですが、遅刻することを上回るくらいの良さがあって好きなわけですから。

それで『私』は十分というところで自分を修めるということです。

正しい幸せのなり方?

これは、あくまでもひとつの考え方、心の処し方みたいなものです。

これが唯一の正解というわけではありません。

ただ、何が幸せなのか?ということを考えると、これもたくさんある正解の中のひとつなのではないかなとは思います。

どういうことか?というと、何をするか?が大事なのではなくて、どうなるか?が大事だからです。

正しい幸せのなり方なんてないのです。

『私』が変わることで、イライラが消えるなら、『私』は幸せになるのだからそれでいいわけです。

なのに、人は”なり方”の方を大事にしてしまう傾向にあります。

どっちが目的で、どっちが手段なの?ということです。

実は、それで相手が変わるのか?と考えてしまうのは、ただ単に『私』が変わらないですむための『私』への言い訳みたいなものです。

 

では、ごきげんよう。さようなら。

私が変われば相手が変わる? 相手のためになるのか?は『余計なお世話のまとめ

今日は『私が変われば相手が変わる? 相手のためになるのか?は『余計なお世話』 正しい幸せのなり方?と題して、私が変われば相手が変わる?について考えました。

私が変われば相手が変わる?  
アドラー心理学に『課題の分離』というのがあります。
自分には自分の課題があり、相手には相手の課題があるので分けて考えるという考え方です。
自分が変わったからといって、相手が変わるわけではありません。
ただ、自分の受け止め方が変わると、イライラしなくなったり、あるいは許せたりするかもしれません。
『私』が考え方、受け止め方を変えることで、『私』のイライラがなくなれば、それで『私』の課題は解決します。

相手のためになるのか?は『余計なお世話』 
相手のためになるのか?はアドラー心理学的には『余計なお世話』ということです。
相手の遅刻は、相手自身が本当に困ったときが、相手の変わるタイミングなので、そこまで関与するべきでないのです。
なぜなら、人は他人のためには変われないからです。

正しい幸せのなり方? 
何が幸せなのか?ということを考えると、これもたくさんある正解の中のひとつなのではないかなとは思います。
どういうことか?というと、何をするか?が大事なのではなくて、どうなるか?が大事だからです。
正しい幸せのなり方なんてないのです。
『私』が変わることで、イライラが消えるなら、『私』は幸せになるのだからそれでいいわけです。

今日も読んでいただきありがとうございます。

 

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