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独りを慎む|無謀な生き方

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昨日に引き続き『お天道様はすべてお見通しだ』の話です。

『独りを慎む』という言葉から自分に素直に正直に生きる生き方について書いていきます。

今日は『独りを慎む|無謀な生き方』と題して、独りを慎むについて考えます

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

独りを慎む|無謀な生き方

独りを慎む

昨日は、二人だけの輪読会でした。

課題図書は『西郷南洲遺訓』です。

『謙虚さを忘れず、慎み深く行動する』。

正しく道義を踏み行うとする者は、華々しい偉大な業績を、世間と一緒になってちやほやしたり、むやみと褒めたりしないものである。

司馬温公(司馬光、中国北宋の政治家、学者)は寝室の中で妻と密かに語ったことも、『他人に対して言えないようなことはない』とおっしゃっている。

ここから『独りを慎む』という心得の真意をいかなるものであるか推察すべきだ。

君子(立派な人間)は、自分自身の理想を持ち、たった一人で他人が気にかけずとも慎みの気持ちを忘れず道に外れることはない、ということだ。

ことさら人をアッと言わせるようなことをして、その一時だけよい気分になるのを好むのは、未熟な人のすることで、くれぐれも戒めるべきである。

『西郷南洲遺訓』より

この遺訓、少し難解です。

一見すると、自分の業績をひけらかさない。それをするのは未熟な人間のすることだと言っているようですが、目を引くのは、やはり『独り慎む』という言葉です。

この『独り慎む』ということの心得を西郷さんは伝えたいのであろうと思いました。

解説にはこうありました。

ここでいう『独り(を慎む)』は天(神)に対して一人ということで、それを慎む、慎みを忘れずに行動することを説いています。

つまり、昨日も書いた『お天道様は見ている』ということを西郷さんも言っているのです。

いつも天は見ています。

その天に恥じぬ行動をするということ。

たとえ、人が見ていなくても自分の信じる正しい道を行くということです。

ひそひそ話をしても、そのひそひそ話は他人に聞かれて困るような話ではいけないということです。

他人は聞いていなくても天は聞いているわけですから、天に聞かれて困るような話はしてはいけない。

それも『独り慎む』という心です。

平時に策略を使うべきではない

『自分に素直に正直に』という『ともいきのお約束』がありますが、西郷さんはそのお手本のような人です。

『平時に策略を使うべきではない』。

策略やはかりごとは平時には使うべきではないと西郷さんは言っています。

ただし戦争のときは策略がないといけないと。

ですが、これも表面的にとらえてはいけない気がしています。

つまり、どこまでを平時にするか?どこからを有事にするか?は、自分次第です。

裏を返せば、自分が素直で正直でいることが出来れば、どんなときも平時になります。

自分の心のうちを晒すのは勇気がいることです。

まして、争いの予兆があるときはなおさらです。

ですが、そんなときでも相手が心を晒していたら『敵ながら天晴れ』ではないでしょうか?

懐の深さに底知れないものを感じます。

これで、もし策略を打ってこられたらと、そら恐ろしさすら感じるでしょう。

実は、策略を行わないことこそ、最大の策略だと言っている気がするのです。

無謀な生き方

自分の業績を認めて欲しい。ちやほやして欲しいという心は他人を意識したときに起こる心です。

ですが、『私』しかいなければ、それは無意味なことです。

誰かに判断をあおぎたい、委ねたいというのも他人がいるからです。

もし、『私』しかいなければ、自分で判断しなければいけないし、自分でやらないといけません。

その判断を評価する人もありません。

相手を惑わす策略を練る必要もありません。

他人より失敗をしたくないと安全策を用いる必要もない。

無謀というと、よく考えずに無茶なことをする様に対して使われますが、字は謀(はかりごと)が無いと書きます。

無謀とは謀が無い様子なのです。

つまり、他人とは関係なく、自分の信じた道を行っている様だという解釈もあるのです。

無謀とは、自分に素直に正直に生きている様のことでもあるのです。

独りを慎む|無謀な生き方のまとめ

今日は『独りを慎む|無謀な生き方』と題して、独りを慎むについてて考えました。

独りを慎む 
たとえ、人が見ていなくても自分の信じる正しい道を行くということです。
ひそひそ話をしても、そのひそひそ話は他人に聞かれて困るような話ではいけないということです。
他人は聞いていなくても天は聞いているわけですから、天に聞かれて困るような話はしてはいけない。
それも『独り慎む』という心です。

平時に策略を使うべきではない 
自分の心のうちを晒すのは勇気がいることです。
まして、争いの予兆があるときはなおさらです。
ですが、そんなときでも相手が心を晒していたら『敵ながら天晴れ』ではないでしょうか?
懐の深さに底知れないものを感じます。
これで、もし策略を打ってこられたらと、そら恐ろしさすら感じるでしょう。

無謀な生き方 
無謀というと、よく考えずに無茶なことをする様に対して使われますが、字は謀(はかりごと)が無いと書きます。
無謀とは謀が無い様子なのです。
つまり、他人とは関係なく、自分の信じた道を行っている様だという解釈もあるのです。
無謀とは、自分に素直に正直に生きている様のことでもあるのです。

今日も読んでいただきありがとうございます。

 

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