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なぜ、幸せは人それぞれ違うのか?

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なぜ、幸せは人それぞれ違うのか?

幸せが人それぞれなことは、誰もがわかっているはずです。

ですが、人は人を羨みます。

それが不幸せなことです。

だとしたら自分の幸せにしっかりと気づくことが出来れば誰でも幸せになれる。

そう思います。

今日『なぜ、幸せは人それぞれ違うのか?』と題して、人それぞれの幸せついて考えます

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

なぜ、幸せは人それぞれ違うのか?

自分の人生は自分で望んで観ている

自分とは何か?

こんなたとえ話がありますね。

自分だと思っているものは、映画の中の主人公のようなもので、でもそれは本当の自分ではなく、その映画を投影しているスクリーンがあって、それを観客席で見ている存在が本当の自分である。

ですが、便宜上『自分』とは言っていますが、それはもう自分ではなく、大いなる存在とでもいうべき存在です。

自分だと思っている自分。映画の主人公のような自分が生きている人生というのは、その大いなる自分が見ている映画、夢のようなものです。

そして、その映画は、悲劇であれ、喜劇であれ、成功物語であれ、自分が観たい物語を観ているのです。

今はインターネットで映画をレンタルする時代ですが、ひと昔前(今でもありますが)はレンタルビデオ屋さんというのがあって、キッズ向け、邦画、洋画、悲劇、喜劇、アダルトまでズラーッと棚にビデオが並んでいて、その中から観たいビデオを借りて家に持って帰って観ていました。

自分が観たい人生の映画は、自分の心の中、心の奥底にあります。

表面的には、起こった出来事に一喜一憂していますが、そういう物語を自分が望んで観ているのです。

人生を他人と比べるのはナンセンス

今日の話は、どうせ夢なのだから、失敗を恐れずにやりたいことに挑戦ようという話ではありません。

もちろん、そういう人生を選択することもいいと思います。

ただ、お金持ちになったり、成功したりすることが唯一の人生の成功ではないと思っています。

大成功するということは、そうなるまでの過程も当然あるわけで、何度も失敗したり、うまくいかなかったり、誰よりも努力や苦労をして、そして成功するということです。

ですが、今日は悲劇が観たい、今日は喜劇がみたいというように、アップダウンの激しい人生ではなく、心から安心して平穏に何ごともなく日々を送る物語を選択するということだってあると思います。

何が言いたいかというと、今観ている人生の物語は、それが成功物語であれ、敗北物語であれ、自分が観たくて選んでいる物語だということです。

最近では、テレビなどに出るような有名人でなくても、YouTuberで成功して一般人でも成功者になるということがあります。

そういう人たちを見ると、自分もYouTuberに挑戦して成功しなければとか、起業して自由な時間を手に入れることが正しい道だとか思ってしまうことがあります。

もちろん、それも自分が心から望んでいるのなら正しいわけです。

ただ、人と比べて、自分の人生はつまらないとか、劣っていると思うことはナンセンスなのです。

今、目の前で繰り広げられている人生物語は自分が観たくて観ている物語です。

今から先、どうなるかはわかりませんが、何が起ころうとそれだけは変わりません。

どうせ夢なのだから、それが悲劇だろうが喜劇だろうが楽しまないとせっかく自分で借りて?観ているのですから。

なぜ、幸せは人それぞれ違うのか?

なぜ、幸せは人それぞれ違うのか?

それは人それぞれ借りている物語が違うからです。

カルマの精算という言葉があります。

カルマというと、前世から背負っている業(悪い報い)という意味で使われます。

悪い報いだから解消したいと考えるわけです。

過去生に撒いた種を今生で刈り取ると言います。

本来の言葉の意味では、カルマ(業)に善悪は関係なく、因果の道理によって、それ相応の楽または苦の報い(果報)が生じるとされる考え方です。

カルマというと悪い方だけに使われることが多いですが本来善悪は関係ないわけです。

ですから善い種を撒けば善いカルマ(収穫)があるし、悪い種なら悪いカルマ(収穫)があるわけです。

そして、これは人生という大きなスパンではなく、日々の暮らしの中でもあるものです。

犯罪を犯せば刑務所に入るなんて、まさにその典型ですね。

そして、そういう過去の精算の中で人は自分の幸せを決定していくのです。

貧しい子ども時代を過ごすとお金持ちになってやるというのが夢になることもあるし、その過程で失敗が続くとお金持ちでなくてもいいから平穏で安心した生活が送りたいと望むようになることもあります。

お金持ちで不自由のない家に生まれたら、自分の力で人生を生きてみたいと思うかもしれません。

もし、お釈迦さまがシャカ国の王子に生まれていなければ、この世界に仏教はなかったのです。

ですから、夢、幸せは人それぞれです。

人と比べる必要もないし、ましてや、こんなことで幸せだと思ってはいけないなどと考える必要はないのです。

目の前で繰り広げられる人生は自分が選んでいる人生だということです。

ですから、こうならないと幸せではないということではなく、今あるもの中に幸せを感じるタネがあるということなのです。

もし、今幸せでないのなら、それに気づいていないだけなのです。

なぜ、幸せは人それぞれ違うのか?のまとめ

今日『なぜ、幸せは人それぞれ違うのか?』と題して、人それぞれの幸せついて考えました。

自分の人生は自分で望んで観ている 
自分が観たい人生の映画は、自分の心の中、心の奥底にあります。
表面的には、起こった出来事に一喜一憂していますが、そういう物語を自分が望んで観ているのです。

人生を他人と比べるのはナンセンス 
最近では、テレビなどに出るような有名人でなくても、YouTuberで成功して一般人でも成功者になるということがあります。
そういう人たちを見ると、自分もYouTuberに挑戦して成功しなければとか、起業して自由な時間を手に入れることが正しい道だとか思ってしまうことがあります。
もちろん、それも自分が心から望んでいるのなら正しいわけです。
ただ、人と比べて、自分の人生はつまらないとか、劣っていると思うことはナンセンスなのです。

なぜ、幸せは人それぞれ違うのか? 
貧しい子ども時代を過ごすとお金持ちになってやるというのが夢になることもあるし、その過程で失敗が続くとお金持ちでなくてもいいから平穏で安心した生活が送りたいと望むようになることもあります。
お金持ちで不自由のない家に生まれたら、自分の力で人生を生きてみたいと思うかもしれません。
もし、お釈迦さまがシャカ国の王子に生まれていなければ、この世界に仏教はなかったのです。
ですから、夢、幸せは人それぞれです。
人と比べる必要もないし、ましてや、こんなことで幸せだと思ってはいけないなどと考える必要はないのです。

今日も読んでいただきありがとうございます。

 

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