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苦しみから解放されたい|苦しんでいる私に気づく

苦しみから解放されたいと思うとき、私が苦しみから解放されたいと思っていますね。

それではなかなか苦しみから解放されることはありません。

苦しみと私が同化してしまっているからです。

苦しんでいる私を見ている私の存在に気づくことが出来れば一瞬で苦しみから解放されるのです。

今日は『苦しみから解放されたい|苦しんでいる私に気づく』と題して、苦しみから解放される方法について考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

苦しみから解放されたい|苦しんでいる私に気づく

私が苦しんでいることに気づいている

私が苦しんでいるといったとき、私と苦しみは同化しています。

『私が苦しんでいることに気づいている』と言ったとき、『私が苦しんでいることに気づいている”私”』が登場します。

苦しみと私が離れていきます。

私たちは、なんにでも、私が私がと考えてしまうんですね。

それはモノでも同じで所有感なんですね。

でも本来、私が所有しているものはなくて、私が所有している気になっているだけなんですね。

それで苦しんでいるんですから、考えてみればバカバカしいわけです。

物語の中にどっぷり取り込まれてしまって、苦しんいる人になりきってしまっているんですね。

しかし、よくよくその『私』というものを観察してみたら、私という苦しんだり喜んだりしている私とそれを見ている私が存在しているんですね。

それに気づいていないときは、二つの私が同化してしまって、『私が苦しんでいる』『私が悲しい』『私が辛い』となんでも私が私がとなってしまっているんです。



外側の出来事に依存しないという言い方を、これまでもブログでしてきましたが、正しくは、それは外側の私のことなんです。



私が苦しんでいるのに気づいている『私』の存在に気づいてください。

それはまるで他人が苦しんでいるがごときです。



それで苦しみが消えるわけではありませんが、これまでよりは随分冷静になると思います。

昨日の私と今日の私は違う

このことから一番伝えたいメッセージは何かというと。

この演じている私とそれに気づいている私がすべてのこの世界の仕組みの基になっているということです。

二元論の一番基になるものです。



すべてのことが見られているものと見ているものの1セットです。

セットだと考えたときに一元になり、分離して考えたとき二元になるのです。

見ているものが消えたとき、見られているものも消えます。

だからセットなんです。

でも普段はそれが同化してしまっています。

だから『私だけが苦しんでいる』という感覚になるのです。

それは物語の中にどっぷりとはまり込んでしまっている状態です。

しかし、

実際の私は何も持っていません。物語の中にもいません。

確かに、肉体とか心というものに私たちは慣れ親しんでいます。



それは確かに慣れ親しんだ固有の私のような気がしていますが、肉体と心の私は、実に移ろいやすく、仏教でいうところの諸行無常です。



信じているものも簡単に裏切るし、怠け者で、人とも争います。

昨日の私と今日の私は違うのです。(笑)

さっきの私と今の私も違います。



でもそれが人間でしょう。(笑)

そして、それが自我なんです。

自我は私の中に変わらぬ固有のモノとしてあるものではなくて、常に変化するモノのです。

それを私だと信じているから自我が苦しいときに私も苦しいのです。

実践出来ていない人が、実践することに意味がある

このことに気づくと人生を楽しめます。

気づいたからといって信じたものを裏切ったり、怠けたり、人と争うことがなくなるというわけではありません。

人によってはなくなる人もあるかもしれませんね。(偉いね)

自我がなくなるわけではありませんから、腹が立ったり、不安が起こったりもするでしょう。

でも、それは次の瞬間笑いに変わりますよ。

だって、腹が立っている人に気づき、不安がっている人に気づいた瞬間、それを見ている私に気づくんです。

『またやってるわ!』と思わず笑ってしまうんです。

で、そんなものはいつまでも続かないと思うようになります。

その繰り返しです。

それが出来ると『ともいきの3つの実践』がとても実践しやすくなります。

  • いつも元気で笑顔でいること。
  • 他人を責めずに褒めること。
  • 後悔せずに感謝すること。

実践というのは、出来ていないからやるものですね。

それが自分にとって普通になれば、わざわざ実践という言葉を使う必要はないわけです。

だから実践出来ていない人が、実践することに意味があります。

で、この実践の回数が多ければ多いほど幸せな時間が増えるんです。

実践出来ていないことに気づいて実践する。

この回数を増やし、時間を増やす。

時間の総量が幸せの量です。

くどいようですが、実践出来ていないことに苦しまないでくださいね。

苦しみを感じたら、すぐに実践すればいいだけですから。

苦しみから解放されたい|苦しんでいる私に気づくのまとめ

今日は『苦しみから解放されたい|苦しんでいる私に気づく』と題して、苦しみから解放される方法について考えました。

私が苦しんでいることに気づいている 
私が苦しんでいるといったとき、私と苦しみは同化しています。
『私が苦しんでいることに気づいている』と言ったとき、『私が苦しんでいることに気づいている”私”』が登場します。

昨日の私と今日の私は違う 
肉体とか心というものに私たちは慣れ親しんでいます。


それは確かに慣れ親しんだ固有の私のような気がしていますが、肉体と心の私は、実に移ろいやすく、仏教でいうところの諸行無常です。

信じているものも簡単に裏切るし、怠け者で、人とも争います。
昨日の私と今日の私は違うのです。(笑)

実践出来ていない人が、実践することに意味がある 
『またやってるわ!』と思わず笑ってしまうんです。
で、そんなものはいつまでも続かないと思うようになります。その繰り返しです。

今日も読んでいただきありがとうございます。

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