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お釈迦様のお話『強い心を持てば痛くも痒くもない』

2020年9月15日

『お釈迦様と悪口男の話』という話があります。

今日は『お釈迦様のお話『強い心を持てば痛くも痒くもない』』と題して
どうすれば強い心を持てるか?というよりもお釈迦様のように『強い心』を持てば
こんなにカッコいい生き方が出来るんだということを紹介したいと思います。



世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

お釈迦様と悪口男のお話

あるところに、お釈迦様が多くの人たちから尊敬される姿を見て、ひがんでいる男がいました。

「どうして、あんな男がみんなの尊敬を集めるのだ。いまいましい」

男はそう言いながら、お釈迦様をギャフンと言わせるための作戦を練っていました。

ある日、その男は、お釈迦様が毎日、同じ道のりを散歩に出かけていることを知りました。

そこで、男は散歩のルートで待ち伏せして、群集の中で口汚くお釈迦さまをののしってやることにしました。

「お釈迦の野郎、きっと、おれに悪口を言われたら、汚い言葉で言い返してくるだろう。
その様子を人々が見たら、あいつの人気なんて、アッという間に崩れるに違いない」

そして、その日が来ました。

男は、お釈迦さまの前に立ちはだかって、ひどい言葉を投げかけます。

お釈迦さまは、ただ黙って、その男の言葉を聞いておられました。

弟子たちはくやしい気持ちで、

「あんなひどいことを言わせておいて いいのですか?」とお釈迦様にたずねました。

それでも、お釈迦様は一言も言い返すことなく、黙ってその男の悪態を聞いていました。

男は、一方的にお釈迦様の悪口を言い続けて疲れたのか、しばらく後、その場にへたりこんでしまいました。

どんな悪口を言っても、お釈迦様は一言も言い返さないので、なんだか虚しくなってしまったのです。

その様子を見て、お釈迦様は静かにその男にたずねました。

「もし他人に贈り物をしようとして、その相手が受け取らなかった時、その贈り物は一体誰のものだろうか」

こう聞かれた男は、突っぱねるように言いました。

「そりゃ、言うまでもない。
相手が受け取らなかったら贈ろうとした者のものだろう。
わかりきったことを聞くな」

男はそう答えてからすぐに、「あっ」と気づきました。

お釈迦様は静かにこう続けられました。

「そうだよ。
今、あなたは私のことをひどくののしった。 
でも、私はそのののしりを少しも受け取らなかった。
だから、あなたが言ったことはすべて、あなたが受け取ることになるんだよ」

引用:https://iinee-news.com/post-789

お釈迦様のような強い心を持つ

『お釈迦様と悪口男のお話』には、どうすれば強い心を持てるか?
というようなノウハウについては書かれていません。

しかし、どんなに人を傷つける言葉を浴びせられても
それに負けない強い心を持てば痛くも痒くないということを表しています。

どうすれば出来ますか?

人はどうすればそれが出来るのかと尋ねますが。

簡単です。そうすればいいだけなのです。

もちろん、やることは簡単明瞭ですが、
それを実行しようとするとやはり簡単ではありません。

しかし、やることは簡単明瞭なのです。

どうすれば的なノウハウはありません。

『お釈迦様と悪口男のお話』でお釈迦様がされたのは
相手の言う悪口は聞いているけれど心にまではいれないということです。

『素直に正直に生きる』とよくお伝えしますが、
こういう人生にとって大切な教えは、
実に簡単明瞭ですが、
実践するとなると難しいものです。

しかし、じゃどうすれば?と考えても
どうすればに答えはありません。

ただそうすればいいだけなのです。

お釈迦様だって人間です

お釈迦様はたとええ話の名人ですから
『お釈迦様と悪口男のお話』以外にもたくさんの喩え話があります。

多くの喩え話があり、
それが人々の心を救うということは、
多くの人が同じ悩みで苦しんでいるということです。

そして、それがおわかりになるお釈迦様も
やはり同じ悩みを経験された人間だということです。

お釈迦様が生まれながらの聖人であれば
大衆の気持ちがわからず多くの人々を救うことは出来なかっただろうと思います。

お釈迦様は一国の王子として生まれましたが一国の王子も大衆も同じ人間。

形が違っても悩みの本質は同じだということです。

ですから、お釈迦様だからとか。
立場や環境が違うから私には当てはまらないと思うのではなく、
その喩え話の本質を汲み取り
どうすれば?ではなくどうあれば?と考えます。

どうあれば、
お釈迦様のようなカッコいい生き方が出来るのかを探って欲しいと思います。

お釈迦様もざわつく心を修めたはず?!

孔子によると、「人間には二つの人生があり・・」
「そもそも一つしかない事に気づいたとき二つ目が始まる」と説きました。

出来ていない自分を知り認めたときから出来る自分への道が始まります。

悪口を言われて心がざわつかない人間はいません。

お釈迦様も人間ですからきっとざわついたはずです。

大事なことはざわついた心を修め続けることです。

ざわついた瞬間に心を修める。

ざわついたら、修める。

このリカバリーの速さがお釈迦様のすごさだと思います。

はじめからざわつかないのであればお手本でもなんでもありません。

同じ人間です。
同じようにざわつき、それを修め続けることがすごいことなのです。

そのリカバリーがあまりに速いと
他人からはまるでまったく心が動じていないように見えるのです。

実にカッコいい生き方です。

お釈迦様のお話『強い心を持てば痛くも痒くもない』のまとめ

今日はお釈迦様のお話『強い心を持てば痛くも痒くもない』と題して、
どうすれば?ではなく、どうあれば?というあり方の大切さについて書きました。

人は『どうすれば出来るんですか?』と尋ねたがるものです。

もちろん、どうすればというノウハウも大事なのですが、
それ以上に大事なのどんな心の状態であるかです。

ただ、それは最初から最後までそうあれるというものではなく、
揺れる心、ざわつく心を修め続けることが出来る強い心のことです。

強い心とは鉄の塊のような強さではなく
弾力があって柔軟で、すぐにリカバリー可能な瞬発力のある心です。

どうすればいいですか?

そうすればいいです。

今日も読んでいただきありがとうございます。

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