幸せが終わる恐怖|今ある光を抱きしめて

幸せがいつか終わるのがこわいと思うのは、今の幸せを大切に思っているからです。
終わることをこわがるよりも、今ある幸せをしっかり感じて、楽しむことが大切です。
今日は「幸せが終わる恐怖|今ある光を抱きしめて」と題して、幸せが終わる恐怖について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
●おすすめYouTube
くろちゃんはYouTubeを
観るのが大好きです。
毎日ガンガン観ています!
今日も、
そんなYouTubeの中から
オススメのものを紹介します。
●あのさぁ。イクラ丼って美味いじゃん
●幸せが終わる恐怖|今ある光を抱きしめて
○幸せが終わる恐怖|今ある光を抱きしめて
こんな幸せな日々がいつまでも続いていくのが私の願い。
でも、いつか終わるんだよね…。
そのことが恐怖です。
どうしたら良いですか?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12315236622)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
陰の中に陽があり、陽の中にも陰があります。
幸せの中にも不幸せがあり、不幸せの中にも幸せがあるということです。
たとえば、今「この時間が永遠に続いてほしい」と感じるほど幸せな状況にあるとします。その瞬間を大切に思い、手放したくないと思うでしょう。
しかし、同時に「いつか終わる」という思いが心に影を落とします。この「影」が恐怖を生みます。でも、影があるからこそ光の存在を強く感じられるのです。
幸せの中のちょっとした不都合や、小さな不満に目を背けずにいることは、「終わりの恐怖」を和らげる助けになります。それらを無理に消そうとせず、「それでも私は幸せだ」と実感する力が、深く強い幸せを築いていくのだと思います。
逆に、不幸せと感じるときでさえも、その中に小さな陽だまりのような喜びが潜んでいます。たとえば、落ち込んだ日にふと誰かがくれた励ましの言葉や、何気ない景色の美しさに気づくとき、私たちは「絶望の中にも光がある」と知ります。
だから、「今この瞬間の幸せ」がどんなに儚くても、その中にある陰影を受け入れることが、その対称にある幸せを永続させる秘訣かもしれません。
終わりの恐怖が強いほど、実は今の幸せに心から感謝しているということです。その感謝を忘れずに、日々の中で小さな「陰」と「陽」のバランスを見つけていくこと。
これは、幸せと不幸せをゼロか百かで考えない「成熟した幸せ」の在り方なのだと思います。
◯「イクラ丼」のたとえ話
無くなることを嘆くより、今在ることに喜ぶのです。
2022年春ドラマ『妻、小学生になる。』の第8話に、こんなセリフがあります。
「あのさぁ。イクラ丼って美味いじゃん。めっちゃくちゃ美味いイクラ丼を食べてるのに、ああ〜もう少しでなくなっちゃう、なくなっちゃうって食べてたら、せっかくの美味いイクラ丼の味わかんなくない?」
この一言に、人生の真理が凝縮されていると私は感じます。
今この瞬間が幸せなら、その幸せを「無くなるかもしれない」と思いながら味わうより、「おいしいなぁ」とただ夢中になって楽しむことの方が、よほど豊かです。
人生も同じです。「いつか終わる」と思って過ごすのではなく、「今、ここにある」幸せに心から向き合う。そうすることでしか、幸せは実感できないのです。
そもそも、幸せは“つかまえておけるもの”ではありません。だから、無くなることを恐れても仕方ないのです。それよりも「いま在ること」に喜びを見出すこと。それが、人生を幸せに感じながら生きていく唯一の方法です。
たとえば、大切な人と過ごす毎日がいつか終わることを思うと、心が締めつけられるように苦しくなります。でも、その苦しさは「今がどれほど大切か」を教えてくれます。
だから、泣きたくなるほどのその気持ちさえ、ありがたいのです。
終わるからこそ、美しい。そう思えるようになると、私たちは過去や未来ではなく「今」に生きることができるようになります。
何かを失う怖さは誰の中にもあるものです。でも、その怖さに心を占拠されてしまっては、今ある幸せの味がわからなくなってしまいます。
「イクラ丼」のたとえ話のように、味わうことに集中する時間こそが、心を満たしてくれるのです。
◯「終わること」は、次の「始まり」
「終わること」は悲しみではなく、次の「始まり」でもあります。
私たちは、終わり=失うこと、つまり「ネガティブなもの」として捉えがちです。けれど実際には、「終わり」は次の始まりを迎える準備期間でもあります。
たとえば、旅行に行ったとしましょう。楽しい時間はあっという間に過ぎ、「もうすぐ終わってしまう」と考えると、寂しい気持ちになるかもしれません。
でも、旅行が終わるからこそ、日常のありがたさを再認識できたり、次の旅行の計画を立てる楽しみが生まれたりします。終わりの寂しさばかりに目を向けるのではなく、「楽しかった思い出」という宝物を得られたことに感謝し、新たな始まりへの期待を持つことが大切なのです。
また、何かが終わったときには、心の中に「余白」ができます。その余白を「喪失感」で埋めようとすると、悲しみが深まる一方です。でも、その余白に「希望」や「未来の楽しみ」を描けたとき、終わりは新たな始まりへと変わります。
「終わる恐怖」ではなく、「始まる期待」に目を向けてみましょう。
終わりがあると知っているからこそ、今日という一日がいっそう愛おしく感じられるのです。その愛おしさを丁寧に味わうこと。それが、日々を美しく生きるということではないでしょうか。
私たちは変化の中で生きています。変わることに慣れるのではなく、変わることに希望を持てるようになると、人生はもっと自由で、軽やかになります。
今日も読んでいただきありがとうございます。
では、ごきげんよう。さようなら。
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