生きる意味とは何か?|苦しいことも楽しいことも生きる意味
生きる意味とは?
楽しい人生でなければ生きる意味はないのか?
成功しなければ生きる意味はないのか?
そもそも生きる意味はあるのか?
今日は『生きる意味とは何か?|苦しいことも楽しいことも生きる意味』と題して、生きる意味について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
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くろちゃんは、
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奇跡を感じている
くろちゃんです。
生きる意味とは何か?|苦しいことも楽しいことも生きる意味
生きる意味とは何か?
生きる意味とは何でしょうか
私はとにかく誰かに認めて欲しくてかまって欲しくてそれでいて人間嫌いです
特に人に誇れる程の才能もなく、努力もしていません
こんなめんどくさい上生産性もない人ってどう生きる意味見出してるんですか?
生きてるだけで悲しくなりません?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10260628040)
生きる意味はあるのでしょうか?
以前、科学という言葉を辞書で調べたとき、『自然の成り立ちを解明する』とありました。
つまり、自然があって、その成り立ちやメカニズムを解き明かしたものが『科学』というわけです。
自然が先なのです。科学は人間があとづけしたものです。
本当に正しいのかどうかもわかりません。
生きるということも同じような気がします。
生きているということが先にあって、それに人間は意味をつけようとします。
もし、意味を語ったとしても、それは人間があとづけしたもの。
そもそも意味があるというものではない。何が正しいかもわからない。そんな気がします。
だったら科学は意味がないのか?といえば、もちろんそうではないですよね。
人類が発展したのは科学のおかげです。
『生きる』ということも自然の行為です。
生きる意味も同じように考えたとき、生きる意味があるとかないとか、何が正しいかではない。
自然が先にあるのに科学で証明されないから信じないというのは何かおかしな話しです。
ニュートンが万有引力の法則を発見する前からりんごは木から落ちていました。
科学で証明されようがされまいが、自然はそこにあります。
ときに人間を苦しめることもありますが、たいていは恵みを与えてくれるのが自然です。
生きることも同じではないでしょうか。
意味があるか、ないかとは無関係に『私』は生きているのです。
生産性があろうがなかろうが、めんどくさかろうが、『私』は生きています。
もし、意味をつけるとしたらそういうことではないでしょうか?
今を精一杯生きる
人間は利口です。
『私』と『私以外』とを比べます。
優劣をつけて、『私』が劣っていると感じると生きている意味はあるのか?と考えます。
自然界は弱肉強食です。
弱い者は強い者に食われます。それが自然です。
では、弱い者は生きる意味がないのか?
弱い者は強い者に食われるのが生きる意味なのではないかと思います。
『この世のあらゆる生き物はみんな深いきずなで結ばれている』
これは手塚治虫の漫画『ブッダ』に出てくるとても大好きなお釈迦様のセリフです。
実際にお釈迦様がそう説かれたのかどうかはわかりません。
手塚治虫が、お釈迦様の教えをそう解釈した言葉なのかもしれないですし、手塚自身の哲学から出た言葉なのかもしれません。
いずれにせよ。とても深い言葉だと思います。
あらゆる生き物は弱肉強食というシステムを通じて深い絆で結ばれています。
だからといって、それに甘んじるべきだと言っているわけではありません。
弱い者は、強い者に食われない工夫をして生きていますし、ときには戦って勝つことだってあるでしょう。
弱いから生きる意味がないどとは考えずに今を精一杯生きているのではないかと思うのです。
弱いから生きる意味がないなどと考えているのは恐らく人間だけです。
苦しいことも楽しいことも生きる意味
生きることも自然なら、死ぬことも自然です。
どうせ死ぬからと考えたら、すべての人が生きる意味を失ってしまいます。
生きる意味はあとづけと言いながら、あえて生きる意味を語らしてもらうと、それは『生きる』ことです。
弱くても、生産性がなくても、めんどくさくても、一生懸命に生きられなかったとしても生きることです。
長い人生の中では、苦しいことも、楽しいこともあります。
苦しいから生きる意味がないのではなく、そんな人生を生きることが意味だと思います。
苦は大和言葉では数字の九です。
九を通って十になります。十は十分の十、充足の充でもあります。
九を通らなければ十にはなりません。苦を通って人は幸せになるのです。
昔の人は、それを十九(とく)といったのです。
『とく』とは徳を積むの徳でもありますし、得でもあります。
苦しいことも、楽しいことも、すべて引っくるめて生きる意味なのではないかと考えます。
生きる意味とは何か?|苦しいことも楽しいことも生きる意味のまとめ
今日は『生きる意味とは何か?|苦しいことも楽しいことも生きる意味』と題して、生きる意味について考えました。
生きる意味とは何か?
生きているということが先にあって、それに人間は意味をつけようとします。
もし、意味を語ったとしても、それは人間があとづけしたもの。
そもそも意味があるというものではない。何が正しいかもわからない。そんな気がします。
今を精一杯生きる
弱い者は、強い者に食われない工夫をして生きていますし、ときには戦って勝つことだってあるでしょう。
弱いから生きる意味がないどとは考えずに今を精一杯生きているのではないかと思うのです。
弱いから生きる意味がないなどと考えているのは恐らく人間だけです。
苦しいことも楽しいことも生きる意味
あえて生きる意味を語らしてもらうと、それは『生きる』ことです。
弱くても、生産性がなくても、めんどくさくても、一生懸命に生きられなかったとしても生きることです。
長い人生の中では、苦しいことも、楽しいこともあります。
苦しいから生きる意味がないのではなく、そんな人生を生きることが意味だと思います。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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