探求という夢から目覚める|苦をいただいていこう
探しものは何ですか? 見つけにくいものですか?
カバンの中もつくえの中も探したけれど見つからないのに まだまだ探す気ですか?
井上陽水『夢の中へ』
探求をやめて今の自分をいただいていこう。
今日は『探求という夢から目覚める|苦をいただいていこう』と題して、探求について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
探求という夢から目覚める|苦をいただいていこう
『今のままでいい』が幸せへに入り口
少し前にも『今のままでいい』という話しをしましたが、少しだけ違う視点から『今のままでいい』理由を書いていきます。
お釈迦様のお言葉に『人生は苦である』という言葉があります。
生きるには、生老病死という4つの苦を避けることが出来ず、生きるとは苦であるということを言われています。
ですが、これは一方からだけの解釈です。
なぜか?というと、苦しみと幸せはセットだからです。
お釈迦様は、同時に『人生は美しい』とも言われています。
人生は二つの顔を持っていて、『苦しみ』と『美しさ』はコインの表裏の関係です。
苦しみがあるから幸せがあり、幸せがあるから苦しみもあります。
夏の暑いときは冷房が効いた部屋が天国ですし、冬の寒い日に暖房が効いているから幸せな気持ちになります。
暑い夏や寒い冬があるから、春や秋が過ごしやすいと感じるし、お腹が空いているときほどご飯が美味しく感じます。
苦しみは悪いことで、『なんとかしないといけないもの』ではないのです。
なんとかしたいと思うけど、なんともなりませんから、余計に苦しくなって、いつまでたっても苦しみから逃れられないということが起こっているのではないか?と思います。
苦しみをいただくことで幸せな世界があると気づいて、苦しみを受け入れることが出来たら、苦しみは幸せへの入り口になってくれるのではないか?そう思います。
それをひと言で『今のままでいい』と言っているのです。
苦を喜ぼう 苦をいただいていこう
『人生は苦である』とは、『人生とはそういうものだから、あきらめて受け入れなさい』と、解釈している人も多いだろうと思います。そういう解釈も一理あるとは思いますが、少し消極的な解釈だなと思います。
仏教には諦観(ていかん)という言葉もあって、この言葉にも諦めるという字があります。
あきらめるというと、『しかたがないと思い切る』『断念する』という少しマイナスなニュアンスがありますが、仏教の諦観は、『本質を明らかに見て取る』という意味です。
あきらめるは『明らかに見る』ことです。
『苦しみがあるからこそ、幸せを感じられる』ということを明らかに見て取ることが肝心です。
そして、苦を悪者にせず、積極的に苦をいただいていくという態度が肝心で、そういう態度が苦を幸せの入り口変えていける生き方ではないかと思います。
今が苦しかったり、うまくいっていないときに、『なんとかしたい』『なぜ自分ばかりが・・』という気持ちになるのは人情ですが、苦しい今の自分でいいんだと、この苦難があるからこそ、幸せな時間があるんだと、むしろ苦を喜ぶ気持ちがあると、ますます幸せへの道が加速するというものです。
『苦を喜ぼう 苦をいただいていこう』なのです。
探求という夢から目覚める
生きることは幸せの探求です。
探求するということは、『今にない』と思っているということです。
ないと思っているから探しているのです。
昔の唄ではありませんが、探しものは探すのをやめた時に見つかるもの。
今のままではダメだと思っている間は、幸せは見つかりません。
今にないものを探しているのですから当たり前です。
苦しみをいただいていくという気持ちになれば探求が終わります。
そのとき幸せは『今ここ』にあることに気づけるのです。
『今のままでいい』とは、探求という夢から目覚めることを意味しているのです。
探求という夢から目覚める|苦をいただいていこうのまとめ
今日は『探求という夢から目覚める|苦をいただいていこう』と題して、探求について考えました。
『今のままでいい』が幸せへに入り口
苦しみは悪いことで、『なんとかしないといけないもの』ではないのです。
なんとかしたいと思うけど、なんともなりませんから、余計に苦しくなって、いつまでたっても苦しみから逃れられないということが起こっているのではないか?と思います。
苦しみをいただくことで幸せな世界があると気づいて、苦しみを受け入れることが出来たら、苦しみは幸せへの入り口になってくれるのではないか?そう思います。
それをひと言で『今のままでいい』と言っているのです。
苦を喜ぼう 苦をいただいていこう
今が苦しかったり、うまくいっていないときに、『なんとかしたい』『なぜ自分ばかりが・・』という気持ちになるのは人情ですが、苦しい今の自分でいいんだと、この苦難があるからこそ、幸せな時間があるんだと、むしろ苦を喜ぶ気持ちがあると、ますます幸せへの道が加速するというものです。
『苦を喜ぼう 苦をいただいていこう』なのです。
探求という夢から目覚める
苦しみをいただいていくという気持ちになれば探求が終わります。
そのとき幸せは『今ここ』にあることに気づけるのです。
『今のままでいい』とは、探求という夢から目覚めることを意味しているのです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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