強くなるということ|人生を力強く生きていくのは最高の遊び
強くなりたいと思っている人は、きっと世の中に多いだろうと思います。
誰でも、何かしら強いものに巻かれて生きていると思うからです。
その中で始末に悪い人が、自分のことを信じまくっている人です。
たった一度の人生、自分を信じて生きていくことをおすすめします。
今日は『強くなるということ|人生を力強く生きていくのは最高の遊び』と題して、強くなるということについて考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
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ありがとうございます。
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くろちゃんは、
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毎日、
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くろちゃんです。
強くなるということ|人生を力強く生きていくのは最高の遊び
強くなりたい
私は強くなりたいです。強くなるにはどうしたらいいでしょうか?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10255330435)
質問が抽象的ですので、具体的にどんなことに対して強くなりたいかがわかりませんが。
どんなことでも、強くなるためには『自分を信じること』です。
いつも書いていますが、自分を信じるためには、『自分に素直で正直でいること』です。
イメージでいうと、クラスの学級委員長のような存在です。
具体的な人物でいうとドラえもんの出来杉君のような人間です。
彼はケンカが強いわけではないと思います。
そもそも他人とケンカをする描写すらありません。
ジャイアンは、のび太やスネ夫には乱暴を働きますが、出来杉君にはしませんよね。
それは、ジャイアンに忖度して、自分に嘘をついているのび太やスネ夫よりも出来杉君の方がジャイアンにとっては怖い存在なのです。
出来杉君には怖いものがないのです。
それは自分の価値を認めていて、そんな自分が好きで信じているからだと感じます。
ケンカが強い、スポーツが得意、勉強が出来る、仕事が出来るという表面的なことは関係ありません。
その根っこにある自分の人間としての価値を信じ、それに素直で正直でいること。
これが本当に強いということだと思うのです。
『自分の信じた道を行く人』は始末に困る人
毎月している『ふたりだけの輪読会』の課題図書『西郷南洲遺訓』の中にこんな章があります。
『命もいらず、名もいらず、始末に困る人』
命もいらぬ、名誉もいらぬ、官位や肩書きも、金もいらぬ、という人は始末(扱い)に困るものである。
だがこのような始末に困る人物でなければ、困難をともにして国家の命運を分けるような大きな仕事を一緒に成し遂げることはできないのだ。
これは他人の評価を気にしない人のことです。
たとえ他人が評価してくれなくても自分の信じた道を行く人のことです。
仮に、こういう人物を周囲の人が評価し、要職に就いたとしたら、それは自分をおいてでも他人のために働くでしょう。そして誰も評価してくれなかったとしても自分の信じた道を行きます。
他人の評価によって自分の行く道を変えない人です。
つまり、こういう人物でないと『困難をともにして国家の命運を分けるような大きな仕事を一緒に成し遂げられない』と言っているのです。
本当に強い人とは、他人の評価に関係なく、たったひとりになっても『自分の信じた道を行く人』なのです。
人生を力強く生きていくのは最高の遊び
たったひとりになっても『自分の信じた道を行く人』。
これは相当強くないと出来ません。
ですが、これは見方を変えると本気で遊んでいるとも言えるのです。
何が正しいかなんて、そもそもそんなものありませんし、どっちでもいいことなんて世の中五万とあります。
その中で自分の信じた道を行くというのは、困難な道のりを自ら進んで行くようなものです。
これは、人生という名の冒険なんです。
危険な秘境に自ら行くみたいなものです。
でも、これは最高の遊びでもあります。
冒険家は、命をかけて誰も行ったことのない秘境や山に挑戦します。
危険なだけなら誰も行きません。
それが楽しみであり、喜びでもあるのです。
人生を力強く生きていくのも同じことです。
誰だって人に嫌われたくないし、争いたくはありません。
のび太やスネ夫のように強いものに忖度し、媚を売っている方が楽だという考えもある意味正しい。
出木杉君のように自分が信じた道を行くのは厳しい道でもあります。
ですが、そんな自分が好きなのです。
最高に遊んでいるのです。
一度しかない人生です。
最高の遊びをすることを提案します。
強くなるということ|人生を力強く生きていくのは最高の遊びのまとめ
今日は『強くなるということ|人生を力強く生きていくのは最高の遊び』と題して、強くなるということについて考えました。
強くなりたい
出来杉君には怖いものがないのです。
それは自分の価値を認めていて、そんな自分が好きで信じているからだと感じます。
ケンカが強い、スポーツが得意、勉強が出来る、仕事が出来るという表面的なことは関係ありません。
その根っこにある自分の人間としての価値を信じ、それに素直で正直でいること。
これが本当に強いということだと思うのです。
『自分の信じた道を行く人』は始末に困る人
命もいらぬ、名誉もいらぬ、官位や肩書きも金も、金もいらぬ、という人は始末(扱い)に困るものである。
だがこのような始末に困る人物でなければ、困難をともにして国家の命運を分けるような大きな仕事を一緒に成し遂げることはできないのだ。
人生を力強く生きていくのは最高の遊び
誰だって人に嫌われたくないし、争いたくはありません。
のび太やスネ夫のように強いものに忖度し、媚を売っている方が楽だという考えもある意味正しい。
出木杉君のように自分が信じた道を行くのは厳しい道でもあります。
ですが、そんな自分が好きなのです。
最高に遊んでいるのです。
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