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劣等感ゼロの人間はいる?|比較を超える心の強さ

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人はいつも誰かと比べながら生きていて、そこから劣等感が生まれます。

でも、その気持ちと上手につき合って、自分の力に変えることができます。

大切なのは、劣等感をなくすことではなく、受け入れて前に進むことです。

今日は「劣等感ゼロの人間はいる?|比較を超える心の強さと題して、劣等感について考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
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●劣等感ゼロの人間はいる?|比較を超える心の強さ

 

○劣等感ゼロの人間はいる?|比較を超える心の強さ

 

劣等感が全くない人間ってこの世に存在すると思いますか。

劣等感はあるけど隠したり見ないようにして振る舞ってる人ではなく、心の底から劣等感が0で、人と比べて落ち込んだりすることが全くない人っているんでしょうか。

yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14314755839

※質問は原文ママです。

 

みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。

 

相対的にしか物事を判断できない人間にとって、自己評価もまた相対的なものです。

そもそも、相対評価という行為自体が、多かれ少なかれ劣等感が存在するという証でしょう。なぜなら、もし劣等感が全くないのであれば、わざわざ他人と比較して自分を測る必要がないからです。

では、劣等感を全く抱かない人間がいるとすれば、それはどのような状態なのでしょうか。おそらく、他人との比較を一切せず、自分の内面だけで判断する人でしょう。しかし、そのような人は、社会的な文脈における自分の位置づけを認識できず、自分が何者であるかさえ理解できないのではないでしょうか。それは、メンタルの崩壊にも繋がりかねない、非常に不安定な状態だと想像できます。

むしろ、劣等感は人間が社会生活を営む上で必要な感覚と言えるかもしれません。劣等感があるからこそ、向上心や努力が生まれ、より良く生きようとする原動力になるからです。

劣等感が完全にゼロの人は存在しないと考えられますが、その劣等感を抱えながらも強く生きる人がいます。そのような人は、自分の劣っている部分を否定したり目を背けたりするのではなく、ありのまま受け入れているのではないでしょうか。

自分の弱さを認めた上で、それでも目標を達成するためにどのような方法があるのかを冷静に考え、実行できる人。克服するための努力を惜しまなかったり、時には周りの人に助けを求めたりすることもできる。そのような人が、劣等感を力に変えて、困難を乗り越えていく強い人間なのだと思います。

◯劣等感とどう付き合うか

 

「生まれつき劣等感を抱いたことがない」と話す人が時折います。確かに、自己肯定感が高く、他者との比較にあまり反応しないような性格の人は存在します。しかし、それが「本質的に劣等感ゼロ」と言えるのかというと、そう単純ではない気がします。

私たちは文化や教育、家庭環境を通じて、無意識のうちに「比較する」癖を身につけています。たとえば兄弟と比べられた経験、成績表の順位、SNS上の“いいね”の数。すべてが私たちの心に「他人と比べる」という思考の回路を刻みつけています。

では、もし比較そのものをしない、他者との関係から完全に独立した存在がいたとしたらどうでしょう?その人はもはや「社会的な存在」ではないかもしれません。なぜなら、社会とは関係性によって成り立っており、自分と他人を意識すること自体が人間らしさの一部だからです。

仏教やスピリチュアルの教えでは、「他者との比較をやめることで心が解放される」と説かれることがあります。確かにその通りかもしれませんが、それも「比較の苦しさを知っている人」の発想です。つまり、劣等感を経験したからこそ、その先にある「悟り」や「解放」の価値が見えてくるのです。

本当に劣等感を抱いたことが一度もない人がいるとすれば、それはもはや人間ではなく“神”に近いのではないかと思います。社会的な意味での人間。家族を持ち、仲間と協力し、競争や協調を繰り返す存在である限り、私たちは多かれ少なかれ劣等感を抱いて生きていく生き物だということになります。

だからこそ、重要なのは「劣等感があるかどうか」ではなく、「それとどう付き合うか」。人生を前に進めるエネルギーにすることもできれば、自分を苦しめる鎖にすることもできます。

その選択肢を自分で握っているということを、まずは受け入れることが第一歩になるでしょう。

◯自分の弱さを許す力

 

最終的に私たちが向かうべき地点は、「劣等感をなくすこと」ではありません。「劣等感を受け入れ、それでもなお自分を肯定できるかどうか」です。言い換えれば、自分の弱さを許す力こそが、真の強さなのだと思います。

誰もが、何かしらの劣等感を抱いています。ルックス、収入、能力、親子関係、学歴、パートナー……。劣等感の種類は人の数だけあります。そして、そのほとんどは「他人と比べたときに生まれるもの」です。つまり、外の世界をどう見るかによって、劣等感の強さも変わっていきます。

ここで大切なのは、視点を変えること。「あの人に比べて自分はダメだ」と思ったとき、「それでも自分にはこんな価値がある」と自分の価値を認める力を持つこと。つまり、評価軸を自分の“外”から“内”に移動させる作業です。

それは決して簡単ではありませんが、訓練可能なスキルでもあります。心理学的にも「セルフ・コンパッション(自己への思いやり)」という概念があり、自分を責める癖を減らすことが、幸福感や回復力を高めることにつながるとされています。

また、「自分の中の劣等感を他人のために役立てる」ことも、有効な手段です。自分がかつて悩んだ経験が、他人を救うことがあります。そのとき、劣等感はただの“劣った感情”ではなく、活かすこのできる体験になります。

人は、完璧である必要はありません。むしろ、劣等感を持っているからこそ、人は人とつながることができるのです。欠けた部分を抱えながらも、笑い、助け合い、支え合う。それが人間の強さであり、美しさです。

だから、「劣等感がない人はいるのか」という問いの答えは、「いない。ただし、劣等感とうまく共存する人はいる」と言えるでしょう。

そして、その人たちは、弱さを否定せず、自分を許し、他者を受け入れながら生きている人たちなのです。

 

では、ごきげんよう。さようなら。

 

 

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●今日のまとめ

今日は「劣等感ゼロの人間はいる?|比較を超える心の強さと題して、劣等感について考えました。

○劣等感ゼロの人間はいる?|比較を超える心の強さ

「健康になりたい」「健康でいたい」という誰もが願うことも煩悩に含まれます。「なりたい」という願望は「今」の状態ではない未来を求める心であり、「いたい」「このままでありたい」という願望もまた、「今の状態がいつまでも続くとは限らない」という不安から生じる「今」以外の状態を求める心だからです。

◯劣等感とどう付き合うか

重要なのは「劣等感があるかどうか」ではなく、「それとどう付き合うか」。人生を前に進めるエネルギーにすることもできれば、自分を苦しめる鎖にすることもできます。

その選択肢を自分で握っているということを、まずは受け入れることが第一歩になるでしょう。

◯自分の弱さを許す力

最終的に私たちが向かうべき地点は、「劣等感をなくすこと」ではありません。「劣等感を受け入れ、それでもなお自分を肯定できるかどうか」です。言い換えれば、自分の弱さを許す力こそが、真の強さなのだと思います。

今日も読んでいただきありがとうございます。

 

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