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瞑想は長さではなく深さ|瞑想の後に見える「今」

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瞑想は長さよりも深さが大切です。

長く瞑想することは準備期間であり、重要なのは瞑想の深さから得られる気づきです。

瞑想の後には、心が静かになり、新しい視点から物事を感じることができます。

短時間でも深い瞑想を実践し、現代社会での忙しさやストレスを和らげ、日常の中に大切な気づきを見つけましょう。

今日は「瞑想は長さではなく深さ|瞑想の後に見える「今」と題して、瞑想は長さではなく深さについて考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

●瞑想は長さではなく深さ|瞑想の後に見える「今」

○瞑想は長さではなく深さ

 

仏陀が悟りを開くために長い期間瞑想をしたそうですが、私たちも人生に迷い先がわからなくなったら仕事を辞めて長い間瞑想した方がいいのでしょうか?

yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11298990171

※質問は原文ママです。

 

みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。

 

個人的な考えですが、瞑想は長さではなく深さなのではないかと思っています。ただ、深さに到達するために長い時間が必要ということはあると思います。

どれだけ長い時間瞑想をしても、「深さ」に到達するのは一瞬です。その一瞬のために長い時間が必要なことがあるのです。

長く瞑想することが良いのではなく、深さに到達するための手段に過ぎないと考えます。

お釈迦さまの瞑想期間は、お釈迦さまが悟りを開くための準備期間であったと考えることができます。

しかし、お釈迦さまと同じように長期間瞑想をすることが必ずしも必要かと言われると、そうではないかもしれません。

私たちは複雑に入り組んだ現代社会を生きています。

お釈迦さまが生きた時代でも現代と変わらぬ不変なものはあります。それは「生老病死」です。

しかし、社会生活はもっとシンプルではなかったかと思います。

確固とした身分制度があり、遠くに行く交通手段もなく、自由も便利さも今とは違ったでしょう。

だからこそ、シンプルだったのかもしれないと思います。

だから、瞑想にも長い時間が必要だったのです。

つまり、瞑想の世界と現実社会とのギャップが、現代の方が大きいのではないかと思うのです。

人間は相対的に物事を感じます。

現代は、忙しく、慌ただしく、ストレスフルです。

だからこそ、瞑想の世界と現実との差が大きいのです。

差が大きいということは、それだけ見える景色が違い、気づきも多いのではないかと考えることができます。

もちろん、個人差はあると思いますが、短い瞑想で大きな気づきを得るチャンスは、現代の方があるのではないかと思うのです。

○深い瞑想から何を見るのか?

 

深い瞑想ができることがゴールではなく、そこから見える景色から何かに気づくことが大事だと思っています。

たとえ話ですが、深い海の底にたどり着いた時に、地面がすべてつながっていることを実感するみたいな体験が瞑想することのゴールではないかと思っています。

瞑想によって心が静かになり、雑念が消えると、自分自身の内面や周囲の世界をよりクリアに感じ取ることができます。

この状態で、普段は見過ごしている小さな事柄や、自分の感情の変化に気づくことができるのです。

これらの気づきは、人生における大切なヒントを与えてくれることがあります。

たとえば、瞑想中に自分の中にある恐れや不安、怒りといった感情に気づくことがあります。

これらの感情がどこから来ているのかを探ることで、日常生活の中での行動や考え方を見直すきっかけになります。

また、瞑想を通じて得られる洞察は、仕事や人間関係においても役立つことがあります。

深い瞑想を通じて得られる気づきや洞察は、単なるリラクゼーションを超えた、人生を豊かにする力を持っています。

◯瞑想の後に見える「今」

 

いくら長い時間瞑想をしても、今いる場所も、所有するモノも、周りにいる人たちも、何も変わらず今のままです。

瞑想をした後に、何も変わらない「今」が、見えるモノ、聞こえるモノ、感じることが違って見える。そういう瞑想でなければ価値がないと思います。

瞑想によって心が落ち着き、クリアになると、同じ景色でも新しい視点から見ることができるようになります。

たとえば、普段は気に留めない自然の美しさや、人々の優しさに気づくことができるようになります。また、ストレスや不安が軽減されることで、日常の課題に対してもより前向きに取り組むことができるようになります。

瞑想は、現実逃避の手段ではなく、現実と向き合うための準備期間とも言えます。

瞑想を通じて得られる内なる静けさや洞察は、日常生活においてより充実した時間を過ごすための土台となります。

瞑想の後に訪れる「今」の瞬間を大切にし、そこで感じること、見えることをしっかりと受け止めることが大切です。

まとめると、長時間の瞑想は必ずしも必要ではなく、重要なのは瞑想の深さとそこから得られる気づきです。

瞑想は私たちが現実と向き合い、より良い人生を送るためのツールであり、その価値は瞑想後の「今」の瞬間にこそあるのです。

長い瞑想期間を取ることが難しい場合でも、日常生活の中で短時間でも深い瞑想を実践し、その効果を実感してみてください。

 

では、ごきげんよう。さようなら。

 

 

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●瞑想は長さではなく深さ|瞑想の後に見える「今」のまとめ

今日は「瞑想は長さではなく深さ|瞑想の後に見える「今」と題して、瞑想は長さではなく深さについて考えました。

○瞑想は長さではなく深さ
個人的な考えですが、瞑想は長さではなく深さなのではないかと思っています。ただ、深さに到達するために長い時間が必要ということはあると思います。
どれだけ長い時間瞑想をしても、「深さ」に到達するのは一瞬です。その一瞬のために長い時間が必要なことがあるのです。
長く瞑想することが良いのではなく、深さに到達するための手段に過ぎないと考えます。

○深い瞑想から何を見るのか?
深い瞑想ができることがゴールではなく、そこから見える景色から何かに気づくことが大事だと思っています。
たとえ話ですが、深い海の底にたどり着いた時に、地面がすべてつながっていることを実感するみたいな体験が瞑想することのゴールではないかと思っています。

○瞑想の後に見える「今」
いくら長い時間瞑想をしても、今いる場所も、所有するモノも、周りにいる人たちも、何も変わらず今のままです。
瞑想をした後に、何も変わらない「今」が、見えるモノ、聞こえるモノ、感じることが違って見える。そういう瞑想でなければ価値がないと思います。

 

今日も読んでいただきありがとうございます。

 

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