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劣等感をどう取り扱うか?

劣等感を持つことは悪いことではありませんが、それに負けるということは悪いこと。

昔何かのセリフで聞いて、ずっと耳に残っている言葉です。

振り返ってみれば、これまで劣等感との闘いだったような気がしますね。

克服していると言えるかどうかはわかりませんが、こうしてブログに書こうと思うくらいにはなったのだと思います。

今日は『劣等感をどう取り扱うか?』と題して、劣等感をどう取り扱うかについて考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。

そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

劣等感をどう取り扱うか?

劣等感を認める

自分は劣等感が強いとはじめて自覚させてくれたのは、師匠との対話でした。

自分では劣等感が強いという自覚もなかったし、劣等感という言葉自体が自分の中にありませんでした。

『くろちゃんは劣等感が強い』と指摘をされてはじめて劣等感という言葉が自分と無関係ではないということを知りました。

その時は、劣等感が強いと言われたことが、とても恥ずかしいことのような、悪いことのように受け取った気もしますが、少しホッとした感覚もありました。

自分でも知らずしらず隠していたのかもしれません。それが明らかになって肩の荷が降りたような感覚があったと思います。

それからは恐らく劣等感を克服するということが、すべての課題の奥の院とでもいいましょうか。

すべての課題の根源に劣等感があったように思います。

劣等感が強いということをよくよく自分問うてみると、「自分は劣っていると思っている』というよりは、劣っていると思われたくないという気持ちの方が強かったように思うのです。

同じことじゃないかと思われるかもしれませんが微妙に違うのです。

『劣っていると思う』というのは比べて自覚をして思うわけですが、比べる前から劣っていると思われたくないと思っている節があるのです。

ですから劣っていると思われているんじゃないかと感じると妙に心がざわついたり、腹が立ったりするわけです。

自分の正当性や優れているところをアピールするようになります。

劣等感が強いからだと思うのですが、もうひとつ悪い癖があって、他人の劣っているところにばかり目がいくのです。

自分が劣っていると思われる前に先手を打っているのだと思います。

もちろん、決してそう思いながらやっているわけではありませんが、自己防衛本能のようなものが働いているのだと思います。

狙われる前に打て!みたいな感じです。

ですから劣等感を克服することが出来ると色々なことが変わると思います。

狙われる前に打つ必要がないので、優しい目で他人を見ることが出来るようになると思うし、素直に出来ないことを認められるので可愛い奴だと思ってもらえると思います。

劣等感をバネにして成長するということもあるので、劣等感がすべて悪いわけではありませんが、取り扱いを間違うと持て余してしまうと思います。

劣等感を抱きしめる

劣等感をバネにするという扱い方が出来た場合は、劣等感がエネルギーになりますので良い方に出ていいと思いますが、そうではない場合、自己嫌悪に陥ったり、自分の劣等感を隠すために攻撃的になったりする場合があります。

劣等感はどちらに出てもすごく大きなエネルギーです。

プラスに出れば成長のエネルギーですが、逆に出ると自分を苦しめることになります。

そうなると劣等感に苛まれることになります。

そのようなときに、劣等感をどう扱えばいいか?

劣等感を消そうとか克服しようと思うと、ますます劣等感が膨れ上がるように思います。

なぜなら、思えば思うほど劣等感に心が注目します。

そこで劣等感を消すのではなく、『劣等感を抱きしめる』という感覚が自分の心を癒やしてくれるような気がします。

『あっていいよ』という気持ちです。

問題児を排除しようとすると、問題児はますます暴れますが、『大丈夫。いていいんだよ』という気持ちで接するとと安心して落ち着くようなものです。

人間には優れた部分も劣った部分あります。

劣等感が強いというのは、『劣っている人』ということではなくて、自分の劣った部分にばかり目が行く人のことだと思うのです。

どんな人でも劣った部分ばかりを見るように教育されれば劣等感を持つようになります。

劣等感が弱い人というのは劣ったところがない人なのではなくて、どんな自分も愛している人です。

なぜ、どんな自分でも愛せるのかというと、『自分はどんなときでも愛されてきた』と、そう心が感じているからでしょう。

それを自分が自分自身に対してしてあげることです。

それが自分の劣等感を抱きしめてあげるということなのです。

追伸

本当はもっとああでもないこうでもないと劣等感と戦ってきたような気もするのですが、劣等感自体をなんとかしたいと思ってきたというより、何かを学んだり、体得すると劣等感がなくなったり、克服出来るのだと思って、やってきたように思います。

そして一応の答えとして今感じているのはなくすのではなくて、『あっていいよ』と抱きしめること。

そうすると心が温かくなるような気がします。

それが最高なのかどうかはまだわかりませんが、今のところ一番心地が良い感じです。

劣等感をどう取り扱うか?のまとめ

今日は『劣等感をどう取り扱うか?』と題して、劣等感をどう取り扱うかについて考えました。

劣等感を認める 
劣等感が強いからだと思うのですが、もうひとつ悪い癖があって、他人の劣っているところにばかり目がいくのです。
自分が劣っていると思われる前に先手を打っているのだと思います。

劣等感を抱きしめる 
問題児を排除しようとすると、問題児はますます暴れますが、『大丈夫。いていいんだよ』という気持ちで接するとと安心して落ち着く。

今日も読んでいただきありがとうございます。

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