地獄への不安を解消|今の心を穏やかに保つ

生きることが苦しくなったとき、ふと頭をよぎる「死後の世界」への不安。特に「自ら命を絶つと地獄へ落ちる」という言葉は、追い詰められた心をさらに深く傷つけることがあります。
しかし、本当の意味での天国や地獄は、死んだ後に行く場所ではなく、私たちの心の持ち方が作り出す今の状態を指しています。
環境や運命に翻弄されるのではなく、目の前の小さな安らぎを積み重ねることで、どのような状況からでも穏やかな世界を築くことは可能です。
今日は「地獄への不安を解消|今の心を穏やかに保つ」と題して、今の心を穏やかに保つについて考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
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観るのが大好きです。
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今日も、
そんなYouTubeの中から
オススメのものを紹介します。
●落合博満監督非常の宣告
●地獄への不安を解消|今の心を穏やかに保つ
○地獄への不安を解消|今の心を穏やかに保つ
自殺したら地獄に落ちると言う人達がいますが、本人でどうにもならないような環境や遺伝等で辛い思いをして生きてきたのに、自殺したら地獄なんてあまりに可哀想過ぎると思いませんか?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13326588408)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
「自分から命を絶つと、死んだあとに地獄へ落ちる」と言う人がいます。でも、自分ではどうしようもない苦しい環境や、生まれつきの体質などでつらい思いをしてきた人が、さらに死んだあとにまで苦しまなければならないというのは、あまりにかわいそうなのかもしれません。
しかし、安心してください。死んだあとに誰かがあなたを裁いて、暗い穴に突き落とすような「地獄」という場所がどこかにあるわけではありません。
実は、天国も地獄も、死んでから行く場所ではなく、自分自身の心が作り出す「今の状態」のことなのです。
私たちはいつも「今、この瞬間」を生きています。死んだあとも、その「今」という意識が続いていくだけです。つまり、生きている間に自分の心をどのような気持ちで満たしていたかが、そのまま死んだあとの世界にもつながっていきます。
もし、生きている「今」を、誰かをうらんだり、自分を責めたりする気持ちだけでいっぱいにして「地獄」として過ごしているなら、その心のクセは死んだあとも続いてしまうかもしれません。
反対に、どんなに苦しい環境にいても、自分の心の中に小さな安心を見つけて、「今」を少しでも天国に近づけることができれば、死んだあとの世界も自然と天国になります。
結局のところ、行く先を決めるのは神様でも閻魔(えんま)大王でもなく、自分自身なのです。
「今、ここ」を天国にするのも地獄にするのも、自分の心の持ち方ひとつです。苦しい運命を背負わされたことは、決してあなたのせいではありません。
でも、その中で自分の心をどう扱うかは選ぶことができます。未来の地獄を怖がる必要はありません。大切なのは、今この瞬間のあなたの心が、少しでも穏やかでいられるように、自分を大切にすることなのです。
◯今ここを極楽浄土に
徳川家康が旗印にしていた「厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)」という言葉があります。
これは仏教から生まれた言葉で、「よごれて傷ついたこの世界を、自分たちの手でキラキラした幸せな場所(浄土)に変えていこう」という意味があります。
多くの人は、今の生活が苦しいと「死んだあとの天国」や「どこか遠い場所」に幸せがあると考えがちです。今の場所から逃げ出せば幸せになれると信じることもあります。
でも、幸せはどこか遠くへ探しに行くものではありません。この言葉が教えてくれるのは、自分が今いるこの場所、この時間を、自分の手で少しずつ居心地のよいものに変えていく大切さです。
たとえ他の人より険しい道を歩まなければならなかったとしても、道ばたに咲く小さな花に気づくことはできます。温かい飲み物を飲んでホッとしたり、夜空の月を「綺麗だな」と思ったりする瞬間、あなたの世界は少しずつ天国に近づいています。
幸せとは、何か大きなことを成し遂げることではなく、目の前にある当たり前の生活の中で、小さな喜びを自分自身で見つけ出していくことなのです。
自分が今ここにいて、息をしている。そのことを「これでいいんだ」と受け入れ、自分をいじめるのをやめることから始めましょう。
小さな喜びを大切に集めるようになると、生きている「今」という時間そのものが輝き始めます。そうなれば、この世界で生きることと、別の世界へ行くことの間に、おそろしい壁などはなくなります。あなた自身が幸せの源(みなもと)になれば、どこへ行ってもそこが最高の居場所になるからです。
◯三尺三寸箸
仏教に「三尺三寸箸(さんじゃくさんずんばし)」というお話があります。
天国と地獄は、実は場所も、目の前にあるごちそうも、手に持っている1メートル以上もある長い箸も、すべて同じ条件なのです。
それなのに、一方はみんながやせこけてケンカばかりしている地獄になり、もう一方はみんながニコニコして幸せに暮らす極楽になります。その違いはたったひとつ、「箸を自分に向けたか、相手に向けたか」という心の使い方の違いだけでした。
地獄の人たちは、長い箸を使って「自分だけが食べよう」と必死になります。でも箸が長すぎて、自分の口には入りません。あせってイライラし、となりの人の食べ物をうばい合います。
一方で極楽の人たちは、その長い箸を使って、向かい側に座っている人に「どうぞ」と食べさせてあげます。食べさせてもらった人も「ありがとう、次はお返ししますね」と、お互いに助け合います。その結果、全員がおなかも心もいっぱいになるのです。
このお話が伝えたいのは、人の幸せは「自分ひとり」では完成しないということです。自分さえよければいい、自分さえ助かればいいという「ひとりぼっちの心」でいると、どれほどめぐまれた環境にいても、心は満たされず、そこは地獄になってしまいます。
反対に、だれかを思いやり、まただれかの優しさを受け入れる心のやり取りがあるとき、そこには「幸せの花」が咲き、極楽が現れます。
「自分から命を絶ったら地獄へ行くのか」という問いに、はっきりした答えを出せる人はいません。なぜなら、その人がどんな思いでその決断をしたのか、心の奥底はだれにもわからないからです。
でも、ひとつだけ言えることがあります。もし今、あまりの辛さに「地獄」を感じているなら、それはあなたが「自分ひとり」で重すぎる荷物を背負って、孤独に戦い続けているからかもしれません。
自分を助けるために、だれかに頼ってみたり、あるいはだれかに小さな「どうぞ」を届けてみたりすることで、心の向きは変わります。
幸せは、人と人との「間」に生まれるものです。自分を責めて心を閉ざしてしまえば、そこが地獄の入り口になります。
でも、どんなに苦しい境遇であっても、自分とまわりを大切にする心をひとつ灯すことができれば、今この瞬間から極楽の住人になれます。
人生の価値を決めるのは、他の誰でもない、あなたの心の持ち方だけなのです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
では、ごきげんよう。さようなら。
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ぜひ、お読みください。m(_ _)m
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