嘘が許せない悩み|信じる心で楽になる

たとえば、相手の小さな嘘がどうしても許せず、その人を完全に嫌いになってしまうことがあります。
一度裏切られたと感じると、もう二度と信じられないと思うのは、誠実でありたいと願う人にとって自然な反応です。
しかし、相手が完璧かどうかを厳しくチェックしすぎると、自分自身の心も疲れてしまいます。
相手を裁くのではなく、自分の心が「今、この人を信じたいか」を大切にすることで、人間関係はもっと自由で穏やかなものに変わっていきます。
今日は「嘘が許せない悩み|信じる心で楽になる」と題して、嘘が許せないについて考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
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○嘘が許せない悩み|信じる心で楽になる
私には0か1しかありません。
1をする人は100をするという価値観です。
例えば、どんなに小さな嘘(保身や知られたくない等)でも、はぐらかしたりその場しのぎの言葉を吐く人はやがて大きな嘘をつくといったものです。
しかし、それはあくまで可能性の話であって確実なものでないこともわかっています。相手がしてくれたこと、与えてくれたものよりも、その1に重きを置きすぎて最悪なパターンを想像して決めつけて拒絶してしまいます。違うものに目を囚われて、大切なものに気づけない。そんな人間にはなありません。ですが、対処法もわかりません。
1をつくらない人間と関わればいいというのが一番現実味のあるご意見かとは思いますが、そんな完璧を人間に対して求めていいものなのか?と自問自答の日々です。
みなさんはどうお考えですか?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11325426596)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
そういう心理になるのはとてもよく理解できます。一度でも裏切られたと感じると、その相手を再び信用するのはとても難しいことです。
しかし、今のままでも良いのではないでしょうか。無理に自分を変える必要はありません。
それでも、誰かを信用しなければならない場面や、心の底から信用したいと願う時は訪れます。そのような時は、その瞬間の自分の気持ちに素直に従えば良いのです。
自分にとって一番もったいないことは、過去に一度決めた「0か1か」というルールに縛られてしまい、本当は歩み寄りたい時に一歩を踏み出せなくなることです。
たとえ一度も嘘をついたことがない相手であっても、心が拒絶していれば信用する必要はありません。反対に、何度も裏切られてきた相手であっても、今この瞬間に「この人を信じてみたい」と感じたのであれば、その直感を大切にしてください。
白か黒かを決めるのは、相手の行動ではなく自分自身の心です。人間には、その時の状況や気分によって変化する柔軟さがあります。
昨日は許せなかったことが、今日は許せるようになることもあります。それは一貫性がないということではなく、心が成長し、新しい視点を持てたという証拠です。自分の心に嘘をつかず、その時々の正直な気持ちを優先することが、もっとも自分を大切にすることにつながります。
完璧な人間を探す旅は、終わりのない砂漠を歩くようなものです。それよりも、不完全な自分と不完全な相手が、その時々にどのような関係を築きたいかを考える方が、ずっと心が楽になります。
1の嘘を許せない自分を責めるのではなく、それほどまでに誠実さを大切にしている自分をまずは認めてあげてください。その誠実さは、自分を守るための大切な盾でもあります。
盾を捨てる必要はありませんが、必要な時にはその盾を置いて、相手の手を取る勇気もまた、自分自身の中に眠っています。
◯「この人を信じたい」という強い気持ちは理屈ではない
信頼というのは、相手がどのような人物であるかを判定することではなく、自分自身の在り方を決めることです。
相手が信用に値する人間かどうかを厳しくチェックするのではなく、自分がその人を信じたいと思えるかどうか、自分の心に問いかける作業が重要になります。
相手が自分の期待に応えてくれるかどうかは相手の自由であり、コントロールすることはできません。自分の課題は、あくまで「自分が相手を信じることを選ぶかどうか」という点に集約されます。
「この人を信じたい」という強い気持ちが湧いてきた時、そこには理屈や計算は存在しません。
もしも信じた結果として裏切られたとしても、その時に感じる悔しさや悲しみをすべて自分が引き受けるという覚悟を持つことが、本当の意味での信頼です。
その重みを天秤にかけてでも、この人と関わりたいと思えるかどうかが、人間関係の鍵となります。
相手に完璧を求めるのは、自分が傷つきたくないという心の防衛反応です。しかし、傷つくことを極端に恐れていては、深い繋がりを持つことは難しくなります。
自分が傷つく準備ができている人は、相手の不完全さに対して寛容になれます。
裏切られた時に「自分が信じたのだから仕方ない」と思える強さを持つことで、0か1かという極端な二択から解放されます。
信頼は相手に与えるものではなく、自分の意志で決める権利です。その権利を自由に行使できるようになると、人間関係はもっと風通しの良いものに変わっていきます。
相手を裁く裁判官のような視点を一度脇に置いて、自分の心の温度を感じてみることから始めてみてはいかがでしょうか。
◯人生は思い通りにならない
人生は思い通りにならないものです。これを仏教では「一切皆苦(いっさいかいく)」と教えています。
この言葉にある「苦」とは、単に辛いということではなく、自分の思い通りにならない状態を指します。つまり、他人も自分の思い通りには動いてくれません。
相手がこちらに嘘をついたつもりがなくても、自分の期待とは違う結果になった時、それを「嘘をつかれた」や「裏切られた」と感じてしまうこともあります。
そのようなすれ違いも含めて人間という生き物であり、不完全な人々がひしめき合う中で生きていくことこそが人生の本質です。
誰かと付き合うということは、相手の嫌な部分に無理やり目をつぶって我慢することではありません。相手の欠点も、自分の価値観との違いもすべてひっくるめて、今の自分にとってその人が必要な存在かどうかを判断し続けるプロセスです。
時には、距離を置くことや離れていくことを選択することも含めて、広い意味での「付き合い」と言えます。
完璧な人間などどこにも存在しません。もし完璧な人間がいるとすれば、それはまだその人の本当の姿を知らないだけかもしれません。
1の嘘もつかない人を探し続けるよりも、嘘をついてしまう弱さを持った人間と、どう折り合いをつけていくかを考える方が、現実的で豊かな人生につながります。
相手の嘘を許すことができない自分を否定する必要はありませんが、その嘘の背景にある相手の弱さや不器用さに少しだけ想像力を働かせてみることは、自分自身の心を穏やかにする助けになります。
世界にはたくさんの色が混ざり合っていることを受け入れていく。そうすることで、今まで見落としていた相手の優しさや、自分に与えられていた多くの恵みに気づけるようになるはずです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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