自分が善人であるために|悪人正機説

善人は自分の正しさを強調するために、他人の過ちや失敗を指摘しがちです。
しかし、本当の善は他人の失敗を防ぐことにあります。
自分を正しいと思い込むと他人を傷つけてしまうことがあります。
自分も正しい、相手も正しいという立場に立った時、人は優しくなれるのです。
今日は「自分が善人であるために|悪人正機説」と題して、善人について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
●自分が善人であるために|悪人正機説
○自分が善人であるために
偽善者は自分が善人であるために、社会に悪人を求めたり、微罪の人を重罪人扱いしたり、はたまた善人を悪人扱いしますか?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12301248277)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
善人が陥りやすいところではないでしょうか。
自分を善人とするためには、自分以外の悪人がいないといけないわけですから、人や物事の悪いところばかりを探すようになります。
自分の善行や正しさを強調するために、他人の過ちや欠点を指摘することが重要だと思い込んでしまうのです。
これ自体は悪いことではありませんが、目的が歪んでしまうと問題です。本当の善とは、他人の間違いや失敗を未然に防ぐことにあるからです。
善人でありたいと願う人は、しばしば他人の失敗を期待してしまうことがあります。
無意識のうちに、他人の過ちを期待し、それを指摘することで自分の正しさを証明しようとするのです。
「ほら、言った通りになった」「そうなると思ってた」という言葉の背後には、「自分の期待通りになった」という満足感が隠れています。
これでは、自己満足のために他人の失敗を望んでしまうことになりかねません。
◯悪人正機説
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」
歎異抄の悪人正機説は、善人の中に潜む負の部分を指摘しています。
自分を善人だと信じている人は、自分の正しさを証明するために自分以外の悪を作り出します。
しかし、これは「善人になるな」という意味ではありません。むしろ、自分が善人であろうとする本性を見抜き、その上で、誰もが「自分の正しさ」を思っていることを理解することが大切だと説いているのです。
善と悪が対立しているのではなく、実は善と善が対立しているということです。
そのことを見抜いた時、世界はより広がって見えるようになるでしょう。
これが極楽浄土への道とも言えるのではないでしょうか。
◯人間は弱いままでいいんです
「自分が正しい」と信じている人は、知らず知らずのうちに他人を傷つけます。
1998年のドラマ「聖者の行進」でいかりや長介が演じた心優しい弁護士、宇野弁護士の言葉があります。
強くなることはないです。
弱い自分に苦しむことが大事なことなんです。
人間は元々弱い生き物なんです。それなのに、心の苦しみから逃れようとして強くなろうとする。
強くなるということは鈍くなるということなんです。痛みに鈍感になるということなんです。
自分の痛みに鈍感になると、人の痛みにも鈍感になる。自分が強いと錯覚した人間は他人を攻撃する。
痛みに鈍感になり優しさを失う。いいんですよ、弱いまんまで。
自分の弱さと向き合い、それを大事になさい。人間は弱いままでいいんですよ、いつまでも…。
弱い者が手を取り合い、生きていく社会こそが素晴らしい。
「強くなる」を「正しい」に、「弱い」を「悪い」に置き換えてみてください。
自分を正しいと錯覚した人間は、他人を攻撃し、正しいが故に何をやっても許されると錯覚してしまいます。
しかし、自分の「弱さ(悪)」を知ることで、他人の弱さ(悪)も理解できるようになります。他人の弱さを知ることは、自分の弱さを知ることでもあります。
他人を許せる人は自分も許せるようになります。
自分を愛するということは、自分の良いところも悪いところも含めて愛することなのです。
では、ごきげんよう。さようなら。
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Unlimited会員なら0円で購入できます。
ぜひ、お読みください。m(_ _)m
●自分が善人であるために|悪人正機説まとめ
今日は「自分が善人であるために|悪人正機説」と題して、善人について考えました。
○自分が善人であるために
自分を善人とするためには、自分以外の悪人がいないといけないわけですから、人や物事の悪いところばかりを探すようになります。
自分の善行や正しさを強調するために、他人の過ちや欠点を指摘することが重要だと思い込んでしまうのです。
○悪人正機説
善と悪が対立しているのではなく、実は善と善が対立しているということです。
そのことを見抜いた時、世界はより広がって見えるようになるでしょう。
○人間は弱いままでいいんです
自分を正しいと錯覚した人間は、他人を攻撃し、正しいが故に何をやっても許されると錯覚してしまいます。
しかし、自分の「弱さ(悪)」を知ることで、他人の弱さ(悪)も理解できるようになります。他人の弱さを知ることは、自分の弱さを知ることでもあります。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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