何も成し遂げてない?|今ある価値に気づく

「何かを成し遂げなければ自分には価値がない」と思い悩み、今の自分に不甲斐なさを感じる人は少なくありません。
しかし、家族や家という「今すでに在るモノ」も、かつては切実に願って手に入れた大切な成果のはずです。
今ある幸せの価値を再発見し、自分を厳しくジャッジする心のクセを手放す方法を解説します。
特別な何者かにならなくても、今のままで十分価値があるという真実を、優しく紐解いていきましょう。
今日は「何も成し遂げてない?|今ある価値に気づく」と題して、今ある価値について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
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今日も、
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●何も成し遂げてない?|今ある価値に気づく
○何も成し遂げてない?|今ある価値に気づく
ずっと何かを成し遂げなければ、自分には価値がないと思っていきてきました。これって誤った思考でしょうか?
私は普通のサラリーマン、子供がいて、家を建てました。でも何も成し遂げてない自分に不甲斐なさを感じます。
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11323754506)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
子どもがいて、家を建てた。これは何かを成し遂げてるといえるでしょう。
多くの人が当たり前だと思っている光景かもしれませんが、実は一つひとつが、長い年月をかけて育んできた素晴らしい成果なのです。
なのに、何も成し遂げていないと思ってしまうのは、常に「今に無い」何かを成し遂げることに価値があると考えているからです。
私たちの心には、「まだ手に入れていないもの」を追い求める習性があります。新しいプロジェクトを成功させたい、もっと高い評価を得たい、もっと広い世界へ行きたい。そうやって、まだ手元にない「未来の何か」を追いかけているとき、私たちの目はキラキラと輝きます。
もちろん、「今に無い」何かを成し遂げることは価値あることですが、今在るモノ、すでに成し遂げたモノにも価値はあります。
なぜなら、「すでに在るモノ」(今に在るモノ)も、成し遂げる前は「今に無いモノ」だったのですから。
たとえば、今の仕事に就いたばかりの頃の自分を思い出してみてください。
あるいは、今の家族と出会い、共に暮らすことを夢見ていた頃の自分はどうだったでしょうか。家を建てるという大きな決断をし、一生懸命に働いてローンを払い、今の生活を守り続けていること。これらすべて、かつての自分にとっては「いつか成し遂げたい、キラキラした夢」だったはずです。
人は、手に入れてしまった瞬間に、その価値に慣れてしまい、それを「当たり前」という箱に閉じ込めてしまいます。そして、また別の「今に無いモノ」を探し始めてしまうのです。しかし、今ここにある平穏な毎日は、過去のあなたが必死に手を伸ばして掴み取った「最高の結果」なのです。
毎日を誠実に生き、家族を支え、帰る場所を守り続ける。この継続こそが、実は人生における最大の「達成」であることを、私たちはもう一度思い出す必要があるのかもしれません。
◯「私」の勝手な思い込み
人は、物事を二つに分けて考える心の癖があります。 善悪や正誤、過去と未来、価値あるモノと価値がないモノなどです。 そして、上下や優劣をつけてジャッジをします。
「仕事で成功して有名になることは素晴らしい(善)けれど、普通のサラリーマンで終わるのは物足りない(悪)」「大きな夢を追うのは価値があるけれど、今の生活を守るだけでは価値がない」。そんなふうに、私たちは自分の人生を勝手に天秤にかけてしまいがちです。
片方が優っているということは、もう片方は劣っている。そうでなければ矛盾してしまうからです。
その考え方がベースにあって、「今に無いモノ」を成し遂げることが価値がある。「すでに在るモノ」には価値がないという考えになっているのです。
今の自分を「不甲斐ない」と感じてしまう心の正体は、この「二つに分ける思考のクセ」にあります。
ところが、これはそう決まっているわけではなく、「私」の勝手な思い込みです。
宇宙の真理から見れば、太陽が輝くのも、足元の小さな石がそこに転がっているのも、どちらも同じ「存在」としてそこにあります。どちらが偉くて、どちらがダメだなんて、自然界の誰も言っていません。人間だけが勝手に「これはすごい、これはすごくない」とラベルを貼っているだけなのです。
どちらにも価値があるはずです。 先述しましたが、「すでに在るモノ」も、かつては無かったモノなのです。
今のあなたは、かつて自分が願った場所にいます。それなのに、自分の心が生み出した「もっと上があるはずだ」という幻想の物差しで自分を測り、自分自身に「価値がない」というラベルを貼ってしまっています。
もし、今の自分を「不甲斐ない」と思う物差しを一度捨ててみたらどうでしょうか。
「成し遂げたこと」の量や大きさで自分を判断するのをやめたとき、そこには「今日一日を一生懸命に生きた、尊い一人の人間」だけが残ります。
その存在そのものに、本来は上下も優劣もないのです。
◯自分は自分のままでいいんだ
人は誰しも、自分の存在価値を証明するために、「何者かになろう」ともがいてしまうものです。
「何かを成し遂げなければ、自分には価値がない」という思いは、一種の強迫観念のように私たちを追いかけます。しかし、本当の幸せとは、何かを手に入れた先にあるのではなく、今ここにある自分をそのまま受け入れることから始まります。
社会的な成功や目に見える実績は、人生の「飾り」のようなものです。もちろん、飾りが多い方が華やかに見えるかもしれませんが、飾りがなくても、あなたという人間の価値が損なわれることはありません。
想像してみてください。生まれたばかりの赤ちゃんを。 その子はまだ、何も成し遂げていません。家も建てていないし、仕事もしていません。それでも、その子がそこにいるだけで、周りの人は笑顔になり、幸せを感じます。
その子には、存在しているだけで「絶対的な価値」があるからです。
大人になった私たちも、実は同じなのです。 働いてお金を稼ぐこと、家族を守ること、家を建てること。これらはすべて素晴らしい「行動」ですが、それらがあなたの「価値」を決めるわけではありません。
たとえそれらがすべてなくなったとしても、あなたの命の尊さは一ミリも変わらないのです。
「不甲斐ない」と感じてしまうときは、自分に対して少し厳しすぎるのかもしれません。
これまでの人生で、あなたはどれほどの困難を乗り越え、どれほど多くの涙を拭い、どれほど多くの人を笑顔にしてきたでしょうか。
それらは履歴書には書けないかもしれませんが、あなたの人生という物語の中では、どんな金メダルよりも輝いているはずです。
「今に無いモノ」を追いかけて走り続けるのを少し休んで、ふっと息を抜いてみましょう。
今、この瞬間に自分が存在していること。呼吸ができていること。目の前に大切な人がいること。それだけで、人生は十分に「成し遂げている」と言えるのです。
最高の人生とは、特別な誰かになることではありません。
「自分は自分のままでいいんだ」と心から納得し、今の自分が手にしている小さな幸せを、噛みしめるように大切にすること。
それができたとき、あなたの心からは「不甲斐なさ」が消え、静かな自信と安らぎが満ちてくることでしょう。
あなたは、今のままで、すでに最高の完成品なのですから。
今日も読んでいただきありがとうございます。
では、ごきげんよう。さようなら。
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