論理的思考は意識すべき?|すでに持っている力を活かす

論理的に考える力は、特別な才能ではありません。小中学校で学んだことや日々の会話の中で、自然と育っていくものです。
「なぜ?」「だから?」と考える習慣を持つだけで、その力はどんどん伸びていきます。
自分にはその力がないと思う前に、まずは「すでにある力」に目を向けてみましょう。
今日は「論理的思考は意識すべき?|すでに持っている力を活かす」と題して、論理的思考について考えます。
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●論理的思考は意識すべき?|すでに持っている力を活かす
○論理的思考は意識すべき?|すでに持っている力を活かす
理系大学生です。
よく、論理的思考について身につけた方がいいと教授等に言われます。
しかし論理的な思考についてあまり意識したことがありません。
そのため、みなさんは意識して論理的に考える癖をつけているのかお聞きしたいです。
よろしくお願いします。
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11318143921)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
論理的にモノを考えるとは「こうこうこうだから、これ以外に考えられない」というふうに、物事を順序立てて考えることでしょう。
このように筋道を立てて思考する力は、生まれ持った才能ではなく、経験や知識の積み重ねによって育っていくものです。
だとすると、小中学校での数学、国語、理科、社会などで学んだことが論理的思考のベースではないでしょうか。たとえば、算数の文章問題では「何が与えられていて、何を求めるのか」を読み解く力が求められます。国語の読解では、筆者の主張を要約し、それに対してどう考えるかをまとめる練習が繰り返されます。理科では実験と結果を結びつける観察力、社会では因果関係をたどる力が培われていきます。
このようにして育まれた「考える力」は、誰もが一度は通ってきた道の中にあります。
それでも「論理的に考えるのが苦手」と感じるとすれば、それは能力の有無ではなく、学んだことを日常で意識的に活かせていないだけなのです。
大学で「論理的に考えよう」と繰り返し言われるのは、すでに持っている土台に気づき、それを応用するフェーズに入っているからです。つまり、学んだ知識を「どう使うか」を考えはじめる段階だということではないでしょうか。
日々の生活の中で「なぜそうなるのか?」「どの選択が最も合理的か?」といった問いを持つだけで、論理的思考は確実に磨かれていきます。
◯日常の選択の中に宿っている
論理的思考を「難しい専門技術」のように捉える人もいますが、実はとても身近な習慣の延長線上にあります。
たとえば、コンビニでお弁当を選ぶとき、「お腹が空いている」「今日は脂っこいものは避けたい」「このお弁当は安くて野菜も入っている」など、自然と複数の条件を整理して最適な選択をしていませんか?
これも立派な論理的思考の一部です。
また、友人との会話の中でも「なぜその考えに至ったのか?」と背景を聞いたり、自分の意見を理由とともに伝えることで、思考はどんどん洗練されていきます。
「意識して論理的に考える」というのは、こうした場面で自分の頭の中にある考えを言葉にすることから始まります。
そのときに便利なのが、「なぜ?」「だから?」「もし〜なら?」という問いの形です。
論理的な人ほど、自分の感情や印象だけで判断せず、「根拠」や「前提条件」に注目します。つまり、考え方のスタート地点を明確にし、そこから結論までの流れを整理する力を鍛えているのです。
この力は、演習問題を解くときだけでなく、人間関係やキャリアの選択といった人生の大きな場面でも発揮されます。
大学生であれば、レポートやプレゼンで「主張→理由→具体例→結論」といった構造を意識する機会も多いはず。最初は型に当てはめるような感覚かもしれませんが、繰り返すうちにそれが自然な思考スタイルとなります。
「意識して論理的に考える癖」は、特別な才能ではなく、日常の選択の中に宿っているのです。
◯人間関係の中でこそ磨かれていく
論理的思考を磨くもう一つの大きな要素は「他者との対話」です。
一人で黙々と考えるだけでは、自分の思考のクセや偏りには気づきにくいもの。だからこそ、他人の意見に触れ、自分の考えを伝え合う中で「なぜそう考えるのか」「本当にそれは筋が通っているのか」といった視点が育まれていきます。
学校生活は、こうした対話のチャンスに満ちています。ディスカッションの授業、グループワーク、ゼミ、そして何気ない友人との会話。そこにこそ、論理的思考を鍛える実践の場が広がっています。
たとえば、あるテーマに対して自分とは違う意見を聞いたとき、ただ反論するのではなく、「その考えの根拠は?」「どういう前提でそう言っているのか?」と問いかけることで、自分の視点も広がります。
また、自分の主張をわかりやすく伝えるには「どう話せば相手に伝わるか」を考える必要があり、これはまさに論理性のトレーニングです。論理的であるということは、自分の思考を整えると同時に、他者にも配慮するということでもあります。
つまり、「論理的に考える」という力は、知識の積み重ね以上に、「伝えたい」「わかってほしい」という人間関係の中でこそ磨かれていくものなのです。
だからこそ、理系文系に関係なく、また得意不得意とも無関係に、誰もが育てられるスキルといえるでしょう。意識して対話に臨むことで、自分の思考にも磨きがかかり、より確かな判断力や説得力が身につくのです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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