友情と思想|信じられない旧友への対応

長年大切にしてきた友人と、受け入れられない考え方の違いでぶつかるのは、とても悲しいことです。
これまでの思い出があるからこそ、相手の強引な誘いに戸惑い、自分が正しいと思うことが揺らぐ不安を感じることもあるでしょう。
しかし、相手を大切に思うことと、その主張をすべて受け入れることは別の話です。
心が疲れてしまう前に、自分を大切にできる「つきあい方」や、考え方の違いへの向き合い方を見つめ直すことが大事です。
今日は「友情と思想|信じられない旧友への対応」と題して、友情と思想について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
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今日も、
そんなYouTubeの中から
オススメのものを紹介します。
●藤井聡氏 が参政党の存在意義について語った。
●友情と思想|信じられない旧友への対応
○友情と思想|信じられない旧友への対応
友情と思想の違いについて。
この選挙期間中、長らく生き来してない旧友から、必ず某政党を応援して欲しいという封書がきます。
私は正直、その何でも反対反対と叫ぶ政党が大嫌いなんです。国民はその政党から何ら恩恵を受けていない感じがします。
しかしその旧友はとてもいい人です。ずっと独身女性で、私は大学時代からの長い友人の既婚女性です。
いくら友人や家族でも、思想が合わないと、人間性まで信じられなくなります。
その友人とは友人関係は切りたくないですが、もう信じられないので、生き来はしたくないです。
もうはっきりと、封書は送ってこないでと断ろうか悩んでいます。断ると、友人関係まで切ることになります。その場合そうしたいと思います。
皆さんは、友人の性格と思想は別物と考えて、自分と真逆の政党を押し付けてくる人を信用できますか?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12324986202)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
自分と違う考えの人に触れたとき、とたんに相手が悪人に見えてしまったり、嫌悪感を抱いてしまったりすることはあります。
確かにそれも含めて人間性ではありますが、あくまでそれはその人の一部でしかないということを思います。つまり、思想だけで人を判断することはできないのです。
どんな考えをしていても、幸せになりたいという「目的」は同じです。ただ、考え方ややり方が違うだけで、目指す場所は重なっているのです。
たとえば、家族でも考え方や思想が違うことはあるはずです。それが明らかになったとき、それだけでその家族と縁を切ろうとは思いません。
もちろん、総合的に判断して離れる決断をすることはありますが、その判断材料の一番に思想がくることは、ほとんどないのではないでしょうか。
友だちも同じでいいのではないかと思っています。思想はあくまでも入り口であり、その後の行動や敬意の有無を含めた総合的な判断で、これからの付き合い方を決めてもいいのです。
もし封書が届くことが苦痛であり、生活の平穏を乱すのであれば、距離を置くことは決して悪いことではありません。
それは思想を否定するのではなく、自分自身の心を守るための選択です。相手の「いい人」という側面と、考えを押し付けてくる「困った行動」は、その人の中で共存しています。
思想というフィルターを一度外して、今の自分がその人と接していて心地よいかどうかを、静かに見つめ直してみるのがよいでしょう。
◯一つの風景として眺める心の余裕
私たちは日々、多くの情報に触れ、自分なりの正しさを築き上げています。
しかし、思想というものに絶対的な正解や間違いは存在しません。なぜなら、それは時代や環境、その時のタイミングに合っているか否かというものであって、普遍的な真理ではないからです。
自分自身を振り返ってみても、数年前と今では考え方や生き方が変わっていることに気づくはずです。では、かつて自分の中にあった考えは間違いだったのでしょうか。それは間違いではなく、その時の自分にとっては、それが自分や世界を救うための最善の答えだったのです。
他人に対しても、同じような視点を持つことが大切です。
自分と異なる思想を持つ人が目の前に現れたとき、それを「間違い」だと決めつけてしまうと、心の中に攻撃的な感情や深い悲しみが生まれます。
しかし、「相手は今、その考えを信じることで自分の幸福を守ろうとしているのだな」と捉え方を変えるだけで、心の波立ちは驚くほど穏やかになります。
自分と同じ考えの人が増えれば幸せな世界になると信じることが思想の本質ですが、それはあくまで一つの仮説に過ぎません。
世界には、その場所やその瞬間にふさわしい、多様な思想が川の流れのように存在しています。
一つの考えに固執し、それを他人に強要することは、川の流れを無理やり止めるような不自然な行為です。
もし周囲との思想の違いに苦しんでいるのなら、相手を説得しようとしたり、逆に自分を責めたりする必要はありません。
ただ「今はそのように考えているのだな」と、一つの風景として眺める心の余裕を持つことが、自分自身の平穏を守る鍵となるのです。
◯人生のステージが変われば価値観や思想も変化していく
人生のステージが変われば、大切にしたい価値観や思想が変化していくのは、ごく自然なことです。
学生時代にどれほど仲が良くても、社会に出て異なる経験を積む中で、いつの間にか見ている景色が全く別物になっていることがあります。
友情とは、ずっと変わらないまま固定されているものではなく、お互いの変化を許容し、その時々に適した距離感を探り続ける、動的な関係です。時には、過去の思い出が美しければ美しいほど、現在の相手とのギャップに戸惑い、苦しむこともあるかもしれません。
ここで私たちが気づくべきなのは、友情にも「今の自分に合っているかどうか」という旬があるということです。
相手が変わってしまったのではなく、お互いがそれぞれの人生を誠実に生きてきた結果、歩む道が分かれたに過ぎません。
もし相手が自分の領域を侵害し、価値観を押し付けてくるのであれば、それは今の二人のバランスが崩れているサインです。無理に信用を維持しようとしたり、昔のように分かり合おうと無理をしたりすることは、かえって自分をすり減らしてしまいます。
大切なのは、たとえ一時的に疎遠になったとしても、共に過ごした素晴らしい過去までが否定されるわけではないということです。
自分の信念を曲げてまで他人に合わせる必要はありませんし、相手を無理に変えることもできません。違和感を感じた自分を否定せず、その感覚を大切にしてほしいと思います。
はっきりと意思を伝えることや、静かに距離を置くことは、決して冷酷なことではありません。
自分自身の心と誠実に向き合い、今の自分にとって本当に必要な人間関係を選択していくことこそが、大人としての自立であり、本当の意味で自分を愛することにつながるのです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
では、ごきげんよう。さようなら。
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