Amazonで電子書籍を出版しました。

KindleUnlimited会員なら0円で購入できます。

ぜひ、お読みください。m(_ _)m

くろちゃんへの承認のクリックをお願いします
人気ブログランキング

プライド高いのは損?|本当の誇りとは

amazonチャージ  コンビニ・銀行でチャージする度最大2.5%ポイント

自分を大切に思う気持ちが強すぎると、時に心が疲れてしまうことがあります。

他人より優れていたいと願うあまり、休む間もなく走り続けてはいないでしょうか。

しかし、本当のプライドとは誰かと競って勝つことではなく、自分自身の生き方に自信を持つことです。

他人との比較という終わりのない競争から離れ、自分の内側にある誠実さを育てるヒントを見つけることで、もっと楽に、自分らしく輝ける道が開けていきます。

今日は「プライド高いのは損?|本当の誇りとはと題して、プライド高いについて考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。


そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

 

●おすすめYouTube

くろちゃんはYouTubeを
観るのが大好きです。
毎日ガンガン観ています!

今日も、
そんなYouTubeの中から
オススメのものを紹介します。

●【ズバリ】衆院選の争点を問われた神谷宗幣が争点をキッパリ断言する

 

●プライド高いのは損?|本当の誇りとは

 

○プライド高いのは損?|本当の誇りとは

 

プライドが高いのはいいことだとおもいますか?

私自身プライドが人より高くどんなときでも誰にも負けたくないし他社より劣ってるのがきらい(嫌いと言うよりかはいい所を常にみせたい)のですが、このせいで逆に生きずらさすら感じています。やらなくてもいいことまで必死にやって色々なことをまとめてやらないといけなくなります。

みなさんがどう思うかご意見聞かせていただきたいです

yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14324683174

※質問は原文ママです。

 

みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。

 

プライド(誇り)というのは、自分と自分の行いに対して誇りを持つということです。

他人に対して優位性を持つことではありません。

もし、他人に対して優位性を持つことをプライドと呼んでいるなら、それは生きづらいはずです。常に他人と比較して優劣をつけ、自分が優位であるために必死になり、それでも上には上がいて劣位に立つこともあるからです。

自分を信じ、その自分と自分の行いにプライドを持った生き方をすれば、他人と比べて優劣をつけるのではなく、自分は自分として堂々と生きることこそがプライドだと分かると思います。

 

多くの人が陥りやすい罠は、自分の価値を「誰かと比べて勝っているかどうか」という物差しで測ってしまうことです。

この物差しを使っている限り、心に本当の安らぎが訪れることはありません。

なぜなら、自分より優れた能力を持つ人は世界中に数えきれないほど存在し、状況や環境が変われば、昨日まで勝っていた相手に今日負けることもあるからです。

他人の目を気にして「いい所を見せたい」と願い続けることは、自分の人生の操縦席を他人に明け渡しているのと同じ状態だと言えます。

 

本当のプライドとは、他人の評価に左右されない「自己への信頼」です。

自分が決めた目標に向かって努力していることや、苦しい時でも誠実に振る舞っていることなど、目に見えない自分自身の姿勢に価値を置くべきなのです。

誰かに勝つために必死になるのではなく、昨日の自分よりも少しだけ成長している自分を認めてあげることが、生きづらさを解消する第一歩となります。

やらなくてもいいことまで引き受けてしまうのは、心のどこかで「完璧な自分でなければ価値がない」という恐怖があるからかもしれません。

しかし、人間は不完全な存在であり、すべての分野でトップに立ち続けることは不可能です。自分の限界を認め、その上で自分にできることを精一杯行う姿勢こそが、大人としての真のプライドと言えるのではないでしょうか。

◯自分が自分の最大の理解者であれ

 

他人と比べないということは、他人より頑張らないということではありません。

他人よりも頑張ることは良いけれど、ただ、他人より頑張っていることで自分が優位に立っていると誤解してはいけないということです。

もしかすると、その人も自分が知らないところで頑張っているかもしれないし、頑張れない事情があるかもしれません。

自分がこの世界のすべてが見えているなら、頑張っているか、そうでないかで優劣をつけられるのかもしれません。

しかし、人間はすべてが見えるわけではありません。他人の心やその人の目に見えない事情を知ることはできないのです。

ですから、あくまでも自分に誇りある行動を心がけるしかないのです。

 

たとえば、仕事で圧倒的な成果を出している人がいたとしても、その人が家庭で大きな悩みを抱えていたり、健康上の不安を抱えながら必死に立っていたりすることは、外からは分かりません。逆に、一見すると努力が足りないように見える人が、実は想像も絶するような困難な状況の中で、それでも投げ出さずに今日を生きているという事実があるかもしれません。

このように、他人の人生のすべてを知ることは不可能であり、その断片だけを見て勝った負けたと判断することには、あまり意味がないのです。

 

大切なのは、他人がどうあるかではなく、自分がどうあるべきかという点に集中することです。

他人を追い越すために全力を尽くすエネルギーを、自分自身の内面を磨くために使いましょう。

誰にも見られていない場所で、自分自身が納得できる行動が取れているか、自分との約束を守れているか、という基準で日々を過ごすのです。

これができるようになると、周囲の視線や評価から自由になれます。自分が自分の最大の理解者であり、評価者であるという感覚を育むことで、過剰なプレッシャーから解放され、本来の力を発揮できるようになります。

他人と競うのではなく、自分の中の理想と向き合うことこそが、本当の意味で「自分を大切にする」生き方につながります。

◯自分という存在をまるごと愛する

 

本当のプライドを身につけるということは、自分の弱さや不完全さを隠すのではなく、それらを受け入れた上で堂々と前を向くことです。

誰にも負けたくないという強いエネルギーは、本来、素晴らしい才能や成果を生み出す原動力になります。しかし、そのエネルギーの矛先が「他者との比較」に向いている間は、心は常に乾き、満たされることがありません。

その情熱を「他者への貢献」や「自己の技術の向上」へと転換させることができれば、生きづらさは消え、深い充実感が得られるようになります。

 

たとえば、何かの分野でトップを目指すとき、その目的が「自分がいかに優れているかを見せつけること」であれば、周囲は敵ばかりに見えてしまいます。しかし、その目的を「自分の力を磨いて、誰かの役に立つこと」に変えてみると、景色は一変します。

周りの人は競い合う相手ではなく、共に高め合う仲間や、自分が力になれる対象へと変わるのです。

このように視点を変えることで、必死に抱え込んでいた余計な仕事や、無理な虚栄心を自然と手放すことができるようになります。

 

最高の結果を出す人は、他人を蹴落とすことに興味を持つのではなく、自分の限界を突破することに夢中になっています。

自分の価値を証明するために戦うのではなく、自分にしかできない表現や貢献を追求するのです。このような生き方をしている人は、他人が自分より優れていても、それを素直に賞賛し、学びの機会に変えることができます。

なぜなら、他人の成功が自分の価値を脅かすものではないと知っているからです。

プライドとは、自分を大きく見せるための鎧ではなく、自分の心を支える一本の芯のようなものです。その芯がしっかりと自分の中に通っていれば、たとえ誰かに負けることがあっても、自分自身の価値が失われることはありません。

自分という存在をまるごと愛し、その人生に責任を持つこと。それこそが、私たちが目指すべき最高のプライドの形ではないでしょうか。

 

 

今日も読んでいただきありがとうございます。

では、ごきげんよう。さようなら。

 

 

電子書籍を出版しています。
Unlimited会員なら0円で購入できます。

ぜひ、お読みください。m(_ _)m

 

ともいき個人セッションでは、あなたのお話を聞くことで、あなたが見えていないもうひとつの現実をともに探します。目から鱗が落ちる体験になります。

「迷わない」「信じる」ことを超本気でやってます。
ともいき信聞塾はオンラインで開催中!!

くろちゃんへの承認のクリックをお願いします
人気ブログランキング
くろちゃんのメルマガ 日刊ともいきマガジンの登録はこちらです。
Amazonで電子書籍を出版しました。

KindleUnlimited会員なら0円で購入できます。

ぜひ、お読みください。m(_ _)m