繰り返す毎日に飽きたら|小さな変化で今日を新しく

昨日と同じ今日を繰り返す毎日に「退屈だ」と感じることはありませんか。
人は安心を求めて変化を避けがちですが、実際には全く同じ日は二度と訪れません。
退屈な日常を「特別な一日」に変えるための心の持ち方について解説します。
大きな挑戦をしなくても、目の前にある小さな変化に気づくだけで、世界は驚くほど新しく見え始めます。
自分らしく今を生きるためのヒントをお届けします。
今日は「繰り返す毎日に飽きたら|小さな変化で今日を新しく」と題して、繰り返す毎日について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
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観るのが大好きです。
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今日も、
そんなYouTubeの中から
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●繰り返す毎日に飽きたら|小さな変化で今日を新しく
○繰り返す毎日に飽きたら|小さな変化で今日を新しく
正月気分も抜けて来たころではないでしょうか。
去年のように今年も生き、昨日のように今日を生き、今日のように明日も生きる。
毎日の繰り返しにうんざりすることがありませんか。
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10323990145)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
同じことを日々繰り返しているようで、同じ日も同じ瞬間もありません。 自分も周りも常に変化しています。
でも、同じ方が人は楽だし安心します。だから、少しくらいの変化は無いことにして生きています。
それなのに、同じ毎日が続くと「退屈だ」や「暇だ」と不満を言うのが人です。
昨日、「この世界のすべてが好きで困ってます」という質問がありました。
このような言葉を綴る人は、他人や繰り返す毎日のほんの少しの変化にも気づきながら、毎日を丁寧に生きているのだろうと感じさせられます。
日々の繰り返しにうんざりしてしまうのは、毎日が同じだからではありません。自分自身が「毎日が同じである」と思いこんでしまっていることが原因なのかもしれません。
私たちの体も、窓の外に見える景色も、一秒として同じ状態に留まっていることはありません。
細胞は絶えず入れ替わり、空の雲の形は二度と同じものにはなりません。それなのに、それらを「いつもと同じ景色」としてひとまとめに処理してしまうのは、脳がエネルギーを節約しようとする仕組みによるものです。
しかし、その仕組みに甘んじてしまうと、世界は色あせて見えてしまいます。もし、昨日とは違う今日の空気の冷たさや、道端に咲く名もなき花の成長に気づくことができれば、そこには新しい発見が満ち溢れています。
退屈な日常を壊すのは、外側からやってくる大きな事件ではなく、自分自身の内側にある「観察する力」です。
◯小さな欠片の扱い方
毎日、同じことを繰り返すと思うと「なんとなく」生きてしまいます。
もちろん、なんとなく生きることも時には必要です。 何も考えなくても無意識に身体が動いて目の前のやるべきことに片がついていく。そういう時間もなければ、常に緊張し続けて生きるのが苦しくなります。
でも、それしかないとしたら、それはやはり面白くはありません。
生きているという実感を失くすというと大げさですが、何のために生きているか見失ってしまうこともあります。 どちらにしても、どちらか一方に偏ってしまうと人は苦しくなるようです。
ただ、誤解があるなと思うのは、もし、今が退屈だと思えば「なんとなく生きる」のを辞めて目の前の変化に気づいたり、新しいことに挑戦することもできます。
反対に、そういう生き方に疲れたら、ただ「なんとなく生きる」時間にしてもいいのです。
ところが、人はなぜかどちらかに陥ってしまった時に、自分の力ではそこから出られないような錯覚を起こしてしまいます。
もしかすると、小さな変化を無しにする癖がついてしまっていて、その副作用的に大きな変化でないと変化を変化として認められなくなっているのかもしれません。
なんとなく生きるにしても、新しい挑戦をする生き方をするにしても、今という時間を積み上げるというプロセスは同じです。
今、この瞬間だけを注目すれば、変化というのは”小さな欠片”のようなものです。 どんな生き方をするにしても、大切にするべきは目の前にある小さな欠片です。
そしてその欠片をどう取り扱うかは、いつでも自分自身で決めることができるのです。この「自分で決めている」という感覚こそが、日常に彩りを取り戻す鍵となります。
◯今日という日を「未知の一日」として扱う
目の前にある「小さな欠片」とは、たとえば朝の一杯のコーヒーの香りであったり、すれ違った人の優しい挨拶であったりします。
これらはあまりに小さく、意識しなければ「何もなかった一日」の中に消えてしまいます。しかし、この欠片を丁寧に拾い上げ、味わうことから、毎日の繰り返しは形を変え始めます。
退屈な日常から抜け出すために、必ずしも大きな旅行に行ったり、仕事を辞めたりする必要はありません。
今の生活を続けたままでも、心の中に新しい風を吹き込むことは可能です。それは、これまで「当たり前」だと思って見過ごしてきたものに、もう一度スポットライトを当ててみることです。
同じ道を通って通勤していても、昨日とは違う家の庭に咲く花に気づくだけで、その一日は「昨日とは違う一日」に書き換えられます。その積み重ねが、やがて人生全体の充足感へとつながっていくのです。
多くの大人は、効率よく生きるために「予測できる未来」を求めます。しかし、予測通りの毎日こそが、退屈の正体でもあります。
もし、去年のように今年も生きることに不安を感じるのであれば、今日という日を「未知の一日」として扱ってみてください。
今日出会う人、今日食べるもの、今日感じる感情のすべては、宇宙の歴史の中で二度と繰り返されることのない特別なものです。
「今日をどう生きるか」という選択権は、常に自分の中にあります。その自由を思い出すことができれば、正月明けの少し重たい空気も、新しい季節への期待へと変わっていくはずです。
目の前の小さな欠片をどう磨き、どう並べるか。その創造的な作業こそが、生きるという楽しみの正体ではないでしょうか。
今日も読んでいただきありがとうございます。
では、ごきげんよう。さようなら。
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