死後に修行の成果は現れる?|今を生きることこそ修行

修行の成果は死後ではなく、今の生活に現れます。
大切なのは正解を探すことではなく、自分が信じた生き方で今を大切にすることです。
今日は「死後に修行の成果は現れる?|今を生きることこそ修行」と題して、死後に修行の成果は現れる?について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
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●死後に修行の成果は現れる?|今を生きることこそ修行
○死後に修行の成果は現れる?|今を生きることこそ修行
今生きている時が修行で、その成果は死後の世界で明らかになるというのは本当ですか?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14317607234)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
この世界は諸行無常であり、人も日々変化(成長も後退も)しています。
私たちは、今のために「今」を生きています。将来のためや、まして死後や来世のためではないと思います。なので、修行の成果は都度現れていると考えています。
「今のために今を生きる」とは、日々の生活の中に課題があり、その課題が解決されることが成果だという考え方です。
修行と聞くと、ほとんどの人が「苦しいこと」「我慢すること」をイメージします。たしかに、仏教や他の宗教で修行といえば、厳しい環境や禁欲的な生活を想像するのは自然なことです。しかし、それが修行の正解だとすれば、生きること自体がずっと辛いことになってしまいます。そして、「今世で苦しみを乗り越えれば、来世で報われる」という発想につながります。
ですが、よく考えてみてください。もし来世が本当にあったとしても、その来世でまた「次の来世のための修行」をしなければならないとしたら?それは終わりのない「もっともっと病」に陥るだけです。未来や来世に希望を託すあまり、今を犠牲にする生き方は、本当に幸せといえるでしょうか?
仏教には「一切皆苦」という教えがあります。これは「人生は思い通りにならない」ということを示しています。確かに、私たちの日常を振り返っても、計画どおりに物事が進まないことばかりです。そこで分かれるのは、そんな現実をどう受け止めるか、という考え方です。「今を修行とし、来世のために生きる」のか、「今のために今を生きる」のか――。この選択が人生の質を決めるのではないでしょうか。
◯何を信じて生きていくか
この人生観とも死生観とも言える問題に正解はないと思っています。正解があったとしても、それは今の私たちには無関係だと考えています。どういうことか?と言うと、「何を信じて生きていくか」が問題であって、「何が正解か」は問題ではないということです。
たとえば、「今のために今を生きる」ことが正解だと信じて生きているとします。もし死後、「来世のために生きるべきだった」と神さまが告げたとしても、生きている間に自分が信じた生き方で幸せだったなら、それで十分だと思うのです。逆もまた然りです。「来世のために今を修行だと信じて生きてきた」。ところが死後、神さまから「今は今のためにあるのだ」と知らされたとしても、来世を信じて一生懸命に生き抜いた過去を誇らしく思えるでしょう。
重要なのは、「用意された正解に自分を合わせること」ではなく、「自分が納得できる答えを選び、信じて生きること」です。他人や社会、宗教に押しつけられた正解を求め続ける人生は、終わりなき迷路に迷い込むようなものです。だからこそ、自分で「何を信じるか」を決め、その信念に基づいて日々を生きることが、最も自由で、最も満ち足りた生き方ではないでしょうか。
◯今を心豊かに生きるために努力する
ここまで考えてきて、最後に大切な問いに戻ります。それは「今をどう生きるか」です。死後の世界があるかどうかは、誰にもわかりません。しかし、確実にわかることがあります。それは、「今この瞬間」が私たちにとって唯一確実な時間だということです。
未来を保証するものはなく、過去はすでに変えられません。だからこそ、「今」に意識を向けることが重要なのです。修行を「未来のための我慢」ととらえると、今が苦しくなります。しかし、修行を「今をよりよくするための工夫」ととらえたらどうでしょう?たとえば、イライラしやすい自分を落ち着かせる努力、誰かに優しくする心がけ、目の前の課題に丁寧に向き合う姿勢――。これらはすべて修行です。そして、その成果はすぐに現れます。人間関係がよくなり、自分の心が穏やかになり、生活に小さな幸福が増えていきます。
「死後、報われるために頑張る」のではなく、「今を心豊かに生きるために努力する」。そう考えれば、修行は苦行ではなく、人生を輝かせるための方法になります。つまり、死後の世界に答えを求めるのではなく、今この瞬間に答えを見つけること。それこそが、本当の意味での「修行」ではないでしょうか。
今日も読んでいただきありがとうございます。
では、ごきげんよう。さようなら。
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