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嘘をつく人の心理とは?|「これくらいならいいか」が生む小さな嘘

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嘘をつく人は、病気というより「これくらいなら大丈夫」と思う気持ちのクセがあるだけのことが多いです。

時間を守る基準が人によって違うように、嘘の感じ方や考え方も人それぞれです。

でも、生き方が変わるきっかけがあれば、そのクセも少しずつ変わっていきます。

だから、嘘をつく人も、これから変われる可能性はじゅうぶんあります。

今日は「嘘をつく人の心理とは?|「これくらいならいいか」が生む小さな嘘と題して、嘘をつく人の心理について考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。


そして、
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●嘘をつく人の心理とは?|「これくらいならいいか」が生む小さな嘘

 

○嘘をつく人の心理とは?|「これくらいならいいか」が生む小さな嘘

 

嘘をつきまくる人って治らない病気とかなんでしょうか?

 

別に壮大な嘘をついてるとかじゃなくて些細な事で嘘をつくのってなんでなんでしょうか?

嘘つくのは直らない癖みたいなものですか?

yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10322804545

※質問は原文ママです。

 

みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。

 

生き方のような気がしています。

 

「まあこれくらならいいいか」という軽い生き方です。

恐らくですが、些細なことで嘘をつく人は、それくらいを嘘と思っていないのではないかと思います。

しかし、程度は違えど誰にでも「これくらいならいいか」はあると思うのです。

その程度に差があるということだと思います。

 

些細な嘘は“病気”というよりも、“価値観の幅”に由来している可能性が高いということです。

本人にとっては本当に悪意がなく、日常の中で呼吸をするように「ちょっと違うことを言ってしまう」、それだけのことかもしれません。

たとえば今日の気分を少しよく見せたくて「元気だよ」と言ったり、持っていない経験を、場の雰囲気に合わせるために「私もあるよ」と言ったり、本人は深刻に考えていないことが多いのです。

 

ただ、その積み重ねが周囲からすると「なぜそんな小さなことで?」という違和感になります。

些細な嘘を重ねる人の多くは、自分の中で“話を整えるクセ”のようなものが根づいており、結果として「嘘つき」と見られてしまうのです。

そしてやっかいなのは、本人はその行動を「嘘」と認識していないため、他人から指摘されてもピンとこないことがある点です。

 

また、人は誰しも自分の言葉に対して甘い部分があります。「これくらいなら迷惑かけないだろう」「相手もそこまで気にしないだろう」という油断です。ところが、その“これくらい”の幅の広さが人によって異なるため、認識のズレが起きます。些細な嘘をつく人は、その幅が他人よりも少し広いのです。

 

つまり、嘘というより“自己都合の調整”に近いと言えます。

自分をよく見せたい、場をスムーズに回したい、嫌われたくない、責められたくない、こういう小さな感情が積み重なり、それが表面上「嘘」という形で出てしまうのです。心理学的に見ると、防衛本能や自己保護に近い動きであり、病気と決めつけるのは極端すぎるかもしれません。

 

もちろん、嘘が深刻なレベルに達している場合は別ですが、今回のような「些細な嘘をついてしまう」程度であれば、生き方の癖の問題に収まることが多いのです。

そして、その癖は環境の影響で育まれた可能性もあります。子どもの頃に本音を言うと怒られた経験があるとか、家族が嘘を軽く扱っていたとか、周囲が真実より空気を優先する雰囲気だったとか、背景はいくつも考えられます。

 

いずれにしても、本人が「自分の行動が嘘として相手に伝わっている」と理解するまでは、自然と繰り返されていきます。

だからこそ、他人が“病気”と考えるほど深刻に見えてしまうのです。けれど、その根本は病ではなく、生き方の癖であり、価値観の幅の違いなのです。

◯“誤差”の範囲

 

たとえば、「時間を守る」ということも程度がそれぞれ違います。

 

きっちり守る人からしたら、約束どおりに来ない人はある意味「嘘つき」です。

しかし、30分前行動の人がいれば、「5分くらいいいか」とか「1時間以内なら誤差」とか、程度は人それぞれです。

嘘も、程度が違うことの一種かもしれないと思います。

 

この“程度の違い”という概念は、嘘に限らずあらゆる行動に当てはまります。

たとえば、人との約束を「必ず守るべき正しい行動」と考える人もいれば、「大枠を守っていればよい」という人もいます。これはどちらが正しいという問題ではなく、生きてきた環境によって身についた感覚の違いにすぎません。

嘘も同じく、その人にとっての“認識の基準”がどこにあるかによって見え方が変わります。

 

「5分くらいの遅刻は遅刻じゃない」という感覚の人がいれば、「1分ずれたら遅刻」という人もいます。前者は「誤差」と捉えているのに対し、後者は「約束の破り」と捉えます。

お互いの基準が違うため、片方から見ると「約束を守らない人=嘘つき」に見えてしまうわけです。つまり、嘘をつく人も、本人の中では“誤差”の範囲で行動している可能性があります。

 

また、人間は誰しも自分の基準で他人を見がちです。時間を守る人ほど、嘘を嫌う傾向も強くなります。

それは自分の中に明確なルールがあり、そこから大きく外れる行動を“裏切り”と感じるからです。一方で、ルールを柔軟に捉える人は、多少の嘘やズレを気にしません。つまり、どちらの性格も元々備わった気質に影響されやすいのです。

 

さらに、嘘をつく人は人間関係の中で衝突を避けようとする傾向もあります。「正直に言うと場の空気が悪くなる」「怒られるかもしれない」「面倒な説明をしたくない」こうした感情から、小さな嘘で場を丸く収めようとするのです。

この行動は自分を守るためだけでなく、場の調和を保とうとする一種の“対人スキル”とさえ言えます。もちろん、それが望ましい形ではありませんが、本人に悪意はなく、「これくらいなら嘘じゃない」という程度感覚から生じているのです。

 

つまり、時間の感覚と同じように、嘘に対する基準も人によって違います。だからこそ、人によっては「なんでそんな小さなことで?」と感じるような行動が、別の人からすると特別な意味を持っていないのです。このズレが、嘘に関する誤解や衝突を生みます。そして、そのズレが埋まらないまま続くと、「あの人は嘘つきだ」という印象が固定されてしまうのです。

◯自分との約束

 

治らないのか?というと、生き方、考え方が変われば治る可能性はあると思います。

 

これくらいならいいかの「これくらい」を小さくしたいと思うようなキッカケがあれば生き方が変わります。

何がキッカケになるかは、その人次第なので一概に言えませんが、たとえば部屋を綺麗にしたいと思うようになり、マメに掃除をするようになるというキッカケがあったとします。

部屋を綺麗にする習慣をつけると、物が同じところにないと気持ち悪いとか、ホコリを見つけると放っておけないという風に習慣が変わることがあります。

それはある意味、自分との約束です。守らないと気持ち悪くなってきます。そうすると、そう思った自分に嘘がつけなくなるのです。

一時が万事ですので、他人に対しても嘘をつけない人に徐々になっていく可能性があります。

 

つまり、嘘をつくという行動は、変わることができる領域にあります。生き方や考え方が整ってくると、「ほんの少しのズレ」を許さない自分が生まれ、それが“誠実な行動”として反映されるのです。

嘘が治るというより、“ズレが心地悪くなる”という方が正しいかもしれません。

 

人は誰でも、どこかのタイミングで“基準が変わる瞬間”があります。

人間関係で痛い目を見たとき、誰かから真っ直ぐな言葉を受け取ったとき、自分が大切にしたいものができたとき、こうした出来事が「これくらいならいいか」という感覚を小さくしていきます。その結果、日常の行動が変わり、嘘をつく必要がない生き方に自然と切り替わっていくのです。

 

また、嘘をつかない生き方になる人の多くは、自分が心地よく過ごせる“安全な環境”を持っています。

本音を言っても受け止めてもらえるとか、間違いを責められずに話し合える環境です。この環境があると、嘘をつく必要性が消えるため、自然と誠実さが身につきます。逆に、本音を言うと否定される環境では、小さな嘘が増えてしまう傾向があります。

 

だからこそ、他人を一方的に「嘘つき」と断じる前に、その背景や環境に目を向けることも大切です。人間は環境によって育ち、環境によって変わります。そして、ちょっとしたきっかけがあれば、誠実な行動に変わっていくことも十分にあり得ます。

 

結局のところ、嘘は“治らない病気”ではなく、“変わりうる習慣”です。

その変化は外側から強制するものではなく、本人が「こうして生きたい」と思うことで自然に生まれるものです。

だからこそ、小さな嘘をつく人にも、一歩ずつ変わる可能性が残されているのです。

 

 

今日も読んでいただきありがとうございます。

では、ごきげんよう。さようなら。

 

 

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