一生に何回後悔できるだろう?|迷いながら生きるからこそ、後悔できる
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人生は迷いながら歩むもの。近道を探して急ぐほどに、余計に迷ってしまうのです。
結果ではなく、過程を大切に。今を充実させることが、人生を豊かにします。
今日は「一生に何回後悔できるだろう?|迷いながら生きるからこそ、後悔できる」と題して、迷いながら生きるについて考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
●一生に何回後悔できるだろう?|迷いながら生きるからこそ、後悔できる
○一生に何回後悔できるだろう?|迷いながら生きるからこそ、後悔できる
このCMで「一生に何回後悔するだろう、してしまうだろう」ではなくて
「一生に何回後悔できるだろう」とはどういう事ですか?
https://youtu.be/N1tlwbgliEs?si=7Rv1sISK5tLdWkbL
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12291158297)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
大分むぎ焼酎 二階堂 「消えた足跡」
近道は、遠回り。
急ぐほどに、足をとられる。
始まりと終わりを直線で結べない道が、この世にはあります。
迷った道が、私の道です。
一生に何回後悔できるだろう。
とてもいい詩だなと思いました。
誰もが迷いながら人生を生きている。そのことを示唆しています。
迷いたくないから、近道を探して、急いで歩いてしまいたくなる。
ところが、急ぐほどに足をとられるし、近道しようとすると、それが返って遠回りだったりするのです。
だから、余計に迷ってしまう。
迷っているということは、頑張っているからです。
少しでもいい人生を生きたいと挑戦しているから迷っているのです。
質問へは「一生に何回挑戦できるだろう」という意味ではないかと回答しました。
挑戦した数だけ迷い、果たしてこの道でよかったのか?と後悔するからです。
その答えは、果たしてあるのでしょうか?
「人間万事塞翁が馬」と言います。
一見、間違ったかのように思えたことが、後から正解に思えたり、その逆だったりすることがあります。
成功か失敗かは、今だけを見て簡単には判断することができません。
ですが、「頑張った」「挑戦した」「やり切った」。この気持ち、達成感だけは裏切りません。
結果ではなく、その気持ちを拠り所にするならば、答えは今、目の前にあると言えるのです。
○ 達成感は結果以上の喜び
明日を夢見るから迷うのかもしれません。
今、目の前ではなく、明日の結果を気にするから、今の選択で良いのだろうか?とを疑ってしまうのです。
精神的な成果は、即結果として返ってきますが、物質的な成果は、今、目の前には何もないことの方が多いです。
「頑張った」「挑戦した」「やり切った」。
そのことが物質的な成果として返ってくるのには、少し時間がかかることがほとんどです。
だから、明日を夢見てしまうのです。
そして、急ぐほどに足をとられるのです。
達成感があればあるほど、今が充実します。今が幸せな気持ちになるのです。
もちろん、明日の結果も大切なのですが、それ以上の達成感があると、結果以上の喜びがあることがあります。
もしかすると、やり切ったという気持ちが足らないと結果に成果を求めすぎてしまうのかもしれません。
その結果、明日を夢見てしまうのです。
とにかく、「今」なのです。
今、「頑張った」「挑戦した」「やり切った」という最高の達成感を得られていれば、道はひとつになるのです。
○一生に何回後悔できるだろう
迷うということは、目の前に2つ以上の道があるということです。
頑張ったからこそ迷い、目の前に2つ以上の道ができてしまったのです。
頑張ったのだから間違いたくない。成功したいという思いから迷いが生まれました。
それでいいのです。
「迷っていいんだ」「みんな迷うんだ」と、気づいた瞬間に道はひとつになります。
迷っている今で正解なんだと思ったら、もう迷わなくなるのです。
「一生に何回後悔できるだろう」。そう思えたら、もう迷わないのです。
では、ごきげんよう。さようなら。
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ぜひ、お読みください。m(_ _)m
●一生に何回後悔できるだろう?|迷いながら生きるからこそ、後悔できるのまとめ
今日は「一生に何回後悔できるだろう?|迷いながら生きるからこそ、後悔できる」と題して、迷いながら生きるについて考えました。
○一生に何回後悔できるだろう?|迷いながら生きるからこそ、後悔できる
質問へは「一生に何回挑戦できるだろう」という意味ではないかと回答しました。
挑戦した数だけ迷い、果たしてこの道でよかったのか?と後悔するからです。
○達成感は結果以上の喜び
もちろん、明日の結果も大切なのですが、それ以上の達成感があると、結果以上の喜びがあることがあります。
もしかすると、やり切ったという気持ちが足らないと結果に成果を求めすぎてしまうのかもしれません。
○一生に何回後悔できるだろう
迷っている今で正解なんだと思ったら、もう迷わなくなるのです。
「一生に何回後悔できるだろう」。そう思えたら、もう迷わないのです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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