人生をちゃんと生きる|生きた通りに返ってくる
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人生は、したことも、しなかったことも、ぜんぶ自分に返ってきます。
頑張ったつもりでも、結果が出ない時は、まだ足りなかったり、やり方が間違っていたりします。
テストの練習問題のように、結果はすでに今の毎日に出ています。
自分の今をちゃんと見て、少しずつ直していくことが、ちゃんと生きることです。
今日は「人生をちゃんと生きる|生きた通りに返ってくる」と題して、ちゃんと生きるについて考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
●おすすめYouTube
くろちゃんはYouTubeを
観るのが大好きです。
毎日ガンガン観ています!
今日も、
そんなYouTubeの中から
オススメのものを紹介します。
●イチロー"難しい状況に向かっていく姿勢
●人生をちゃんと生きる|生きた通りに返ってくる
○人生をちゃんと生きる|生きた通りに返ってくる
ちゃんと生きてる人間は、ちゃんとしたなりの人生が、、、。
ちゃんと生きてない人間は、ちゃんとしてないなりの人生が、、、。
それが人生と言うものですよね?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13323342273)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
何をもってちゃんとしていると思うかは人それぞれですが、したこともしなかったこともすべて自分に返ってきます。
ですから、生きた通りの人生になるでしょう。
「ちゃんとしている」という言葉は便利な反面、とても曖昧です。
社会的に成功していることを指す人もいれば、約束を守ること、家族を大切にすること、嘘をつかないことを「ちゃんとしている」と感じる人もいます。
基準が人によって違う以上、他人の人生を見て「ちゃんとしている」「していない」と判断すること自体、あまり意味はありません。ただ一つ言えるのは、どんな基準を採用していようとも、人は自分の選択と行動から逃れられないということです。
やったことだけでなく、やらなかったことも含めて、すべてが積み重なり、その人の人生の輪郭を形づくります。
楽な方を選び続ければ楽ななりの結果に、厳しい道を避け続ければ避けたなりの結果になります。逆に、地味でも必要なことを積み重ねてきた人は、派手ではなくとも安定した人生を手にすることが多いでしょう。
人生はご褒美でも罰でもなく、極めて事務的に「生きた通り」を返してくるだけです。
その意味で、ちゃんとした人生かどうかは、他人が決めるものではなく、自分が何を選び続けてきたかの結果に過ぎないのです。
◯結果は現状を教えてくれる正確な通知表
「したこともしなかったこともすべて自分に返ってくる」と言われた時に、そうは言っても「報われない努力もある」と感じる人もあると思います。
確かに本人的には努力しているのに結果が出ない、報われないということもあるでしょう。
それは望んだ結果に見合った努力には及んでいなかったということでしょう。
そう受け止める素直な心が必要だと思うのです。
ここで多くの人がつまずきます。
「あれだけ頑張ったのに」「自分なりには努力した」という感覚は、とても主観的だからです。
努力した事実と、結果に見合った努力だったかどうかは別問題です。結果が出ていない以上、厳しい言い方をすれば、まだ足りていない可能性が高い。ここを曖昧にしたまま、「人生は不公平だ」「運が悪かった」と結論づけてしまうと、次の一手が見えなくなります。
素直に受け止めるとは、自分を責めることではありません。
現実を正確に見ることです。「足りなかった」「方向がずれていた」「やり方が間違っていた」と認めることができれば、改善点が見えてきます。
逆に、自分は十分やったと思い込んでしまうと、同じ努力を同じ場所で繰り返し、同じ結果を何度も味わうことになります。
人生が生きた通りに返ってくるのであれば、結果は現状を教えてくれる正確な通知表です。
その通知表を感情で破り捨てるか、冷静に見直すかで、その後の人生は大きく分かれていきます。
◯今出ている結果を正確に読み取る
「したこともしなかったこともすべて自分に返ってきます」。何かをすればその結果はすぐに返ってきます。
たとえば明日テストがあって、そのテスト勉強を今日しているとします。その結果は明日にしか出ないでしょうか?そんなことはありません。
その努力(勉強)の成果が実を結んでいるかどうかは練習問題でもやればすぐにわかるでしょう。その練習問題の結果が悪ければ努力が結果に見合っていないとすぐにわかるはずです。
練習問題の結果が良ければ、明日の本番も自信を持って迎えられるし、きっと結果も良いはずです。
原因(努力)と結果は、右手(原因)と左手(結果)をパンパンと叩くが如くすぐに出ているということです。それで足らなければ追加の対策が必要です。
何が言いたいかというと、その都度丁寧に今の自分を知るということを怠っているということです。
明日の本番を待たずして結果はすでに出ています。努力はギリギリまでできるし、そういう丁寧な努力との向き合い方が大事だということです。
人生もこれとまったく同じ構造です。
結果は未来にまとめて届くものではなく、実は日常の中ですでに小さく返ってきています。人間関係がうまくいかないのも、仕事が評価されないのも、突然そうなったわけではありません。
日々の言動や選択が、練習問題の結果としてすでに表に出ています。
それを見ないふりをして「本番はいつかうまくいくはず」と思い込むから、人生は噛み合わなくなります。
丁寧に生きるとは、大きな成功を狙うことではなく、今出ている結果を正確に読み取ることです。
うまくいっていないなら、原因を探し、手を打つ。うまくいっているなら、その理由を理解し、再現性を高める。
そうやって自分と向き合い続けた人の人生は、派手ではなくとも「ちゃんとしている」と感じられるものになります。
結局、人生は裏切りません。ただ、生き方に対して、常に正直な結果を返してくるだけなのです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
では、ごきげんよう。さようなら。
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