お金がないと楽しめない幸せ?|心で決める幸福感

アドセンスに記述ミスがあります。一部のアドセンスは正しく表示されません。

お金や物に頼る幸せは失う不安を生みます。

本当の幸せは外側ではなく、自分の心の中の小さな喜びや安心感に気づくことから始まります。

今日は「お金がないと楽しめない幸せ?|心で決める幸福感と題して、お金がないと楽しめない幸せ?について考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。


そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

 

●おすすめYouTube

くろちゃんはYouTubeを
観るのが大好きです。
毎日ガンガン観ています!

今日も、
そんなYouTubeの中から
オススメのものを紹介します。

●「日本の自虐史観を変えろ!」重松ゆうこ 移民問題 街頭インタビュー #shorts

 

●お金がないと楽しめない幸せ?|心で決める幸福感

 

○お金がないと楽しめない幸せ?|心で決める幸福感

 

お金がないと何も楽しめないという知り合い。

果たしてそれは幸せなのか…?

yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14317793304

※質問は原文ママです。

 

みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。

 

 

自分の外にあるものでしか幸せになれないとしたら、有る時は幸せかもしれませんが、同時に失くなったらどうしようという不安を抱えることになるのではないでしょうか。

 

ただ、幸せは他人と比べることができないので、その人が幸せだと思っているなら、それは、その人にとって幸せということになります。

 

問題は、そのことに「私」が気づいた時です。”そのこと”とは、有るときは幸せだけど、その時でさえ失くなったらどうしようという不安を同時に抱えているということです。

 

ここでポイントになるのは「条件付き幸福」の脆さです。収入、資産、持ち物、肩書き、フォロワー数など、自分の外側にある指標は状況次第で増えたり減ったりします。たとえばボーナスがカットされる、投資が下がる、ブランド品を失う、SNSの反応が減る――こうした揺れに心まで連動してしまうと、幸福感はジェットコースターのように乱高下します。

 

さらに厄介なのは「ある時ですら不安」という状態です。充分に持っているはずなのに満足できない。もっと貯めないと、失ったら終わり、他人に抜かれるかも――欠乏ではなく“喪失への不安”が心を締めつけます。満たされている瞬間にも影のようについて回る不安は、安心領域を侵食し、実感としての幸せを薄めてしまいます。

 

ではどうするか。第一歩は「外側で測っている自分」に気づくことです。支出額やモノの数ではなく、体験の質・感情の深さ・関係のぬくもりといった“内的指標”に気づく習慣を持ってみてください。たとえば今日お金をほとんど使わずに感じたうれしさを3つ書き出す。季節の風、誰かとの笑顔、やり遂げた達成感――外部条件なしでも幸せの芽があるとわかると、不安の比率が少しずつ下がります。

◯不安を悪者扱いしない

 

誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いた者はいない。

君は新聞の三面記事などに”生活難”とか、”病苦”とか、あるいわはまた”精神的苦痛”とか、

色々な自殺の動機を発見するであろう。

しかし、僕の経験によればそれは動機の全部ではない。

のみならず大抵は動機にいたる道程を示しているだけである。

少なくとも僕の場合は唯ただぼんやりした不安である。

何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。

 

芥川龍之介の遺書のひとつとされる「或旧友へ送る手記」より

これは、芥川龍之介が自殺前に書いた遺書のひとつと言われている「或旧友へ送る手記」の冒頭にある一文です。新聞では「生活難」や「病苦」「失恋」「職場のストレス」など、分かりやすい原因が並びます。しかし芥川は「それは動機の全部ではない」と言います。表層の理由の下に、言葉になりきらない「ぼんやりした不安」が沈んでいる、と。

 

この“ぼんやりした不安”は、最初の章でふれた「失くなったらどうしよう」という不安と同じものではないかと思います。外側の条件に心を預けているほど、その条件が揺らぐイメージだけで不安が増幅します。お金が減るかもしれない、働けなくなるかもしれない、評価が落ちるかもしれない――具体像が定まらないからこそ、霧のようにまとわりつき、日常の楽しさを曇らせます。

 

私たちは目に見えるモノに心を奪われがちです。自分の外側にある尺度で幸せを量ろうとすると、他人の視線を通してしか自分を確かめられなくなります。「認められたい」「分かってほしい」欲求が強いほど、失った時の心的落差は大きくなります。そのギャップを埋めるように消費が繰り返され、さらに条件依存が深まる――そんなループに陥りやすいのです。

 

だからこそ、不安は悪者扱いするより“サイン”として受け止めてみてください。「本当に欲しいのは何か?」「誰に認められたいのか?」「他人に見せなくても心が温かくなる瞬間は?」これらを静かに書き出すと、不安の輪郭が少しずつ言語化され、コントロール可能な領域へ移ります。

◯条件やモノに依存しない

 

幸せは自分の心が決めるモノです。

ですから、他人の幸せについて他人の「私」が何かを言えるものではありません。

ただ、何に幸せを感じるかは人それぞれですが、それは他人に認めてもらう必要はないということは言いたいのです。

つまり、目に見えるモノで幸せになる必要はないということです。

お金があまりなくても、それほど成功していなくても、独りで生きていても、毎日の暮らしの中に幸せを見つけることはできます。

もっと言えば、「たくさん持っていない」時に幸せになれないのであれば、それは今持っているモノを失くした時に不幸せになるかもしれないという「ぼんやりした不安」をいつも抱えているということになるのです。

 

心で決める幸せとは、条件やモノに依存しない安心感と充実感のことです。

それは日常の中のささいな瞬間、たとえば誰かの笑顔や自分の達成感、心地よい空気に包まれるひとときに現れます。

お金や地位がなくても、そうした瞬間を大切にし、気づく感性を持てることが心の豊かさにつながります。

外側に求めるのではなく、内側から湧き上がる小さな幸せを見つけることこそが、長く続く安心をもたらすのです。

 

今日も読んでいただきありがとうございます。

では、ごきげんよう。さようなら。

 

 

電子書籍を出版しています。
Unlimited会員なら0円で購入できます。

ぜひ、お読みください。m(_ _)m

 

ともいき個人セッションでは、あなたのお話を聞くことで、あなたが見えていないもうひとつの現実をともに探します。目から鱗が落ちる体験になります。

「迷わない」「信じる」ことを超本気でやってます。
ともいき信聞塾はオンラインで開催中!!