自分探しとは?|世界の仕組みを知る旅

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多くの人が「本当の自分」を求めて、自分探しの旅に出ます。

しかし、自分自身の内側だけをのぞき込んでも、なかなか答えは見つからないものです。

自分を知るためには、まず自分を取り巻く「世界」を知る必要があります。

美味しいものを知ることで自分の好みがわかるように、周りの人や出来事という鏡を通して初めて、自分の輪郭が見えてくるからです。

この旅の終着点は、今ある日常の景色が違って見えるようになる、心の変化にあります。

今日は「自分探しとは?|世界の仕組みを知る旅と題して、自分探しについて考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。


そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

 

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今日も、
そんなYouTubeの中から
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●自分探しとは?|世界の仕組みを知る旅

 

○自分探しとは?|世界の仕組みを知る旅

 

自分探しの旅をして来たと思いますか、ご自分に関して。

して来たという方へ。何か見つけられましたか?

yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10324268705

※質問は原文ママです。

 

みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。






自分探しではなく、この世界の真理を知りたいと思っていました。

この世界の仕組みを知れば、幸せになる仕組みもわかる。ぼんやりとそう思っていたと思うのです。

そして、この世界の仕組みや成り立ちについて興味を持ち、気づいたら知りたいと自覚を持って願っていました。

その結果、気づいたのは、世界の仕組みを知るということは「自分を知る」ことだったということです。

どういうことか?というと、美味しい食べ物があったとします。それが美味しいとわかるのは、これまで別の食べ物を食べてきたからです。もし、この世界に地球食みたなモノがあって、すべての人類がこの地球食しか食べないとします。

そうすると、美食という言葉はこの世界から消えます。美味しいとか不味いという概念そのものがなくなります。

美味しいモノを知るということは、不味いモノとはいいませんが、それ(美味しいモノ)以外のモノを知るということでもあるということです。

「これが」というと言い過ぎかもしれません、この世界の仕組みといってもいいのかもしれないのです。

 

この世界はすべて「対比」によって成り立っています。私たちは、何か単独の存在を理解することはできません。

たとえば、光という存在を理解できるのは、そこに影や暗闇があるからです。もしも世界が光だけで満たされていたら、私たちは光という言葉さえ持たなかったでしょう。これと同じことが、自分自身についてもいえます。

 

自分が「優しい」という性質を持っていると気づくためには、世の中に「厳しさ」や「冷たさ」が存在していなければなりません。

自分以外の要素があるからこそ、その対比として自分の輪郭が浮かび上がってくるのです。世界の仕組みや真理を追い求める旅は、一見すると外側に向かっているように見えますが、実は自分という存在を定義するための材料を集める作業でもあります。

 

幸せになる仕組みを知りたいと願うとき、人はまず「不幸せとは何か」や「苦しみとは何か」という世界の側面を観察することになります。

そうして世界の全体像が見えてきたとき、初めてその中における自分の位置や、自分が何に反応して、何を喜びと感じるのかが明確になります。

つまり、外側の世界を深く知れば知るほど、逆説的に自分自身のことが鏡に映し出されるように分かってくるのです。

これが、世界の仕組みを知ることが自分を知ることへと直結する理由に他なりません。

◯隣り合う他のピースの形を知る

 

自分の周りには、様々な「自分以外」のモノがあります。

ここでは、自分以外のモノを「人、モノ、出来事」と呼ぶことにします。

自分以外の「人、モノ、出来事」があって、それらと自分を比較するから「自分」というものがわかるのです。

自分を知ろうと思ったら、自分以外を知らなければいけません。自分以外とは「人、モノ、出来事」のことですが、もうひとつ違う呼び方をすると「世界」です。世界を知るためには自分を知る。自分を知るためには世界を知らなければならないのです。

 

私たちの日常は、自分以外の存在であふれています。家族や友人、道ですれ違う他人といった「人」、日々使う道具や目にする風景といった「モノ」、そして仕事での成功や突然のトラブルといった「出来事」です。これらはすべて、自分という存在を映し出すための精巧な鏡として機能しています。

 

たとえば、誰かの振る舞いを見て「素晴らしい」と感動したとき、そこには自分の価値観が反映されています。また、ある出来事に対して強い怒りを感じたならば、そこには自分が譲れないと守っているルールが隠されています。

もしもこの世界に自分一人しか存在せず、何の出来事も起きない静止した空間にいたとしたら、自分の性格や好み、価値観を知る術は一切ありません。自分以外の存在とぶつかり合い、関わり合うことで、その反動として「自分はこういう人間だ」という実感が生まれます。

 

自分を知るために自分自身の内側だけをじっと見つめていても、答えが見つからないのはそのためです。

暗い部屋の中で自分の姿を確認しようとするよりも、外に出て太陽の光を浴び、他者との関わりの中で自分の反応を観察するほうが、はるかに効率的に自分を見つけることができます。

自分という存在は、世界という巨大なパズルの一片であり、その一片の形を知るためには、隣り合う他のピースの形を知る必要があるのです。

世界を知る旅とは、自分を取り巻くすべての要素との関係性を整理し、納得していくプロセスだといえるでしょう。

◯日々の生活の中で出会うすべては「自分を知るための手がかり」

 

自分探しの旅の果てに辿り着くのは、どこか遠くの理想郷ではなく、今立っているこの場所の解釈が変わるという境地です。

旅をして何かを見つけたという人は、新しい自分を手に入れたのではなく、これまで見てきた世界に対する「解釈の眼鏡」を掛け替えたといえます。

自分という存在が世界の仕組みの一部であることを受け入れたとき、長く苦しい自分探しの旅は終わりを迎えます。

 

かつては「自分は欠けている」と感じ、その欠けた部分を埋めるために外の世界を彷徨っていたかもしれません。しかし、世界の成り立ちを理解すると、自分を構成しているのは自分自身の意志だけではなく、関わってきた「人、モノ、出来事」のすべてであることに気づきます。

自分と世界を切り離して考えるのではなく、世界の一部として自分を捉え直すことで、孤独感や不安は影を潜めていきます。

 

たとえば、目の前で起きた困難な出来事さえも、自分をより深く知るための貴重なデータとして受け取れるようになります。

この出来事は自分に何を教えてくれているのか、なぜ自分はこの事象を「困難」だと感じているのか。そうした問いを繰り返すことで、世界との対話が深まり、自分自身の輪郭はより鮮明になっていきます。これこそが、自分探しという旅の真の成果です。

 

幸せになる仕組みとは、自分をどこかへ連れて行くことではなく、今ここにある世界との調和を見出すことにあります。

美味しいものを美味しいと感じ、不快なものを不快と感じる自分を肯定し、その反応の理由を世界の仕組みに照らし合わせて理解していく。

その積み重ねこそが、自分を知るということであり、人生を豊かにする土台となります。

自分探しの旅は、特別な目的地を目指すものではなく、日々の生活の中で出会うすべてを「自分を知るための手がかり」として愛せるようになるための修行だったといえるのかもしれません。

 

 

今日も読んでいただきありがとうございます。

では、ごきげんよう。さようなら。

 

 

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