死んだらどーなる?|意識は世界と一つになる
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「死んだら自分はどうなるの?」という誰もが抱く疑問に、五感と意識の仕組みからお答えします。
私たちは普段、目や耳などの五感を使って「自分」と「外の世界」を区別していますが、死によってその感覚がなくなると、自分という境界線も消えてしまいます。
それは決して「無」になることではなく、宇宙という大きな存在の一部に戻るということです。
死を「終わり」ではなく「調和への回帰」と捉える、新しい視点をお届けします。
今日は「死んだらどーなる?|意識は世界と一つになる」と題して、死んだらどーなる?について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
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●死んだらどーなる?|意識は世界と一つになる
○死んだらどーなる?|意識は世界と一つになる
死んだらどーなると思ってますか?(意識!)
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13323812853)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
意識(私)を作っているのは五官であり、五感です。
私たちが普段「これが自分だ」と感じている感覚は、実は外側にある世界との比較によって生まれています。
たとえば、目で見える景色、耳で聞こえる音、肌で触れる空気の冷たさ。これらの情報が脳に届くことで、私たちは自分と外の世界を分けて考えることができます。
五感があるから、「私」と「私以外」を区別することができます。私以外があるから「私」を認識することができるのです。
もし、この五感というセンサーがすべて働かなくなったらどうなるでしょうか。
暗闇の中で何も聞こえず、何も触れられず、自分の体の重さすら感じない状態を想像してみてください。そこには、自分を定義するための材料が何ひとつありません。
つまり、五感のうち、何かひとつでも残っていれば「私」という意識はあるだろうと思いますが、死ぬとそのすべてが失われます。
死によってすべての感覚が遮断されたとき、私たちは自分自身をどこまでが自分であると定義できなくなります。
コップの中の水が海に注がれたとき、どこまでがコップの水だったのか分からなくなるのと同じです。もう「私」と「私以外」を区別することができません。
つまり、私は世界(私以外)とひとつになってしまいます。したがって、意識はなくなります。
これは決して恐ろしいことではありません。個別の「意識」という小さな殻を脱ぎ捨てて、もっと大きな存在へと溶け込んでいく過程なのです。
私たちは死ぬことで、バラバラだったパズルのピースが、元の大きな絵に戻るような体験をするのかもしれません。
◯五感があるから私は「私」
肉体の話でなく魂や意識の話であると思う方もあるかもしれません。
目に見える肉体は滅びても、自分という中身(魂)だけは残って、どこかで意識を持ち続けているのではないかと考えるのは自然なことです。
つまり、肉体の五感は失っても魂には五感があると考える方があるかもしれません。
しかし、ここでは「ない」という考えを採用します。
もし魂に五感があるならば、それは結局「自分」と「他人」を分ける壁が残っているということです。しかし、本当の死とは、そうしたエゴ(自分だけのこだわり)からも解放されることではないでしょうか。
私たちはこの世界(宇宙)の一部です。目に見える肉体としてもそうですが、目に見えない魂とか霊といったモノとしても当然一部です。
私たちが生きている間、この広い宇宙の中で「個別の存在」として振る舞えるのは、肉体という器があるからです。
そして、その肉体と魂(霊)をつないでくれているのが五感を通じて形成される意識あるいは心と呼ばれるモノです。 この意識こそが、私たちがこの世界で学び、遊び、経験するための唯一のツールです。
しかし、ツールには必ず役割を終えるときが来ます。五感があるから私は「私」たりえているのです。
五感という接続スイッチがオフになったとき、魂は個別の形を維持する理由を失い、宇宙の巨大なエネルギーの流れの中へと静かに還っていきます。それは、波が静まり、再び平らな海面に戻るような、とても穏やかな変化なのです。
◯「すべてがひとつだった場所」へ帰還する
死んだ後の意識が「なくなる」という言葉を聞くと、真っ暗な虚無の世界を想像して不安になる方もあるでしょう。
しかし、ここで言う意識の消失とは「無」になることではなく、「全」になることです。自分という小さな窓から世界を眺めるのをやめて、世界そのものになってしまうということです。
生まれたばかりの赤ちゃんは、まだ自分とお母さんの区別がはっきりとついていないと言われています。
成長するにつれて五感が発達し、言葉を覚え、他人と比較することで、ようやく「私」という意識を固めていきます。つまり、私たちの人生とは、時間をかけて「私」という特別な個体を作り上げていく旅なのです。
そして死とは、その旅を終えて、かつて私たちがいた「すべてがひとつだった場所」へ帰還することを意味します。
「私」という意識がなくなることは、苦しみや悲しみを感じる主体がなくなることでもあります。
誰かと自分を比べて落ち込むことも、未来を不安に思うこともありません。それは、深い眠りについているときのような、究極の安心感に近い状態かもしれません。
私たちは、宇宙という大きな海から一時的にすくい上げられた「一滴の雫」のような存在です。雫は空中で光り輝き、個別の形を持ちますが、やがて海に落ちれば再び海の一部になります。
死によって意識が消えることは、終わりではなく、調和への回帰です。
私たちはこの世界の一部として生まれ、人生という貴重な時間を使って五感を楽しみ、最後にはまた大きな全体へと溶け込んでいくのです。
そう考えると、死という現象は、私たちが本来持っていた広大さを取り戻すための、とても静かで美しいプロセスであると言えるのではないでしょうか。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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