人生の失敗とは、なんでしょうか?|失敗から学び続ける

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人生の失敗とは「失敗から学ばないこと」です。でも、あとで気づけば、それも学びになります。

失敗と成功はつながっていて、気づいた時に意味が変わります。何度失敗しても、気づいた時からやり直すことができます。

たとえ大人になってからでも、おじいさんやおばあさんになってからでも、その時に学べばいいのです。

人生はいつでも出直しができる。だから失敗しても大丈夫、「今」から出直しができるのです。

今日は「人生の失敗とは、なんでしょうか?|失敗から学び続けると題して、人生の失敗について考えます。

 

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●人生の失敗とは、なんでしょうか?|失敗から学び続ける

 

○人生の失敗とは、なんでしょうか?|失敗から学び続ける

 

人生の失敗とは、なんでしょうか?

yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10323072935

※質問は原文ママです。

 

みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。

 

人生は、失敗を糧に生きていくものです。

失敗から学び、少しづつ生き方というものを学んでいきます。

なので、失敗から学ばないことが「失敗」だといえますが、失敗から学ばなかったことに気づいた時点で失敗から学んだことになりますから、どんなことでも失敗と決めつけることはできないと考えています。

こういうと「人生に失敗などない」と解釈する人もいるかもしれませんが、それは違います。あくまでも失敗は失敗だし間違いは間違いです。

そこから学ぶという姿勢、態度が大切なのです。学ぶということに気づければ「失敗は成功の母」になります。気づかないうちは失敗は「失敗」のままです。

 

この考え方の根底には、人生が「一度きりで終わるものではなく、毎瞬ごとに続いていくプロセスである」という認識があります。

たとえば、子どものころにした大きな失敗を、大人になってから振り返れば「その体験があったからこそ今の自分がある」と感じることがあります。あの時は苦しくても、後から意味が変わる。これは失敗そのものが変化したわけではなく、自分の理解や成長が変化したのです。

 

また、失敗は本来「その時点での自分の限界や未熟さを映す鏡」でしかありません。

鏡は人を傷つけるためにあるのではなく、自分を知るためにあります。だから失敗が痛いのは、自分を映すその鏡を直視するのが怖いからです。

しかし、怖さを乗り越えて見つめた瞬間、そこに必ずヒントがあります。それこそが人生における「学びの種」なのです。

 

そして、失敗を糧にするということは、ただ反省するだけではなく、「次はどう生きるか」を選び直す力を育てることにつながります。

失敗した自分を責め続けるのではなく、失敗した自分から歩き直す。(出直す)

そんな積み重ねが生き方そのものを形づくるのです。

◯失敗は人生における「素材」

 

失敗から学べることに気づいて、それを活かすことができれば「成功」が失敗を包括することができます。

これは、昨日の「空」の概念に通ずることです。「失敗とも言えるし、成功とも言える。」。

この時点ではまだ意味は確定していないのです。

 

この考え方は、失敗と成功を「対立したもの」として扱うのではなく、「ひとつの連続した流れ」として捉えるという視点を与えてくれます。

人生では、出来事そのものは変わらなくても、自分の理解や捉え方が変わることで、その出来事がもつ意味が大きく変化します。

「空」というのは、物事には固有の固定した意味がなく、関係性や認識によって変わっていくという考え方でした。

失敗と成功もまさに同じで、どちらかが絶対的なものではないのです。

 

たとえば、ある人が仕事で大きなミスをしたとします。

同僚や上司がその出来事だけを切り取れば「失敗」です。しかし、本人がそこから改善点を見つけ、次の挑戦に活かせば、そのミスは「成功へ向かう一部」になります。

つまり、失敗の意味は後から変えられるのです。

 

そして、この捉え方を深めていくと、失敗は人生における「素材」のような存在だと気づきます。

料理の素材がそのままでは食べられないように、失敗もそのままでは苦いだけです。しかし、調理の仕方、つまり「学びの姿勢」や「気づき」が加わることで、素材は料理へ変わり、失敗は成功へとつながります。

 

このように、失敗と成功を包括的に見る視点は、人生の途中でつまずく場面に大きな力をもたらします。

自分がどれだけ落ち込んでいても、その出来事がいつか「成功の一部」として再定義される可能性がある。

その希望が、次の挑戦へ向かう勇気となります。

◯すべてのしがらみから解放される

 

何度失敗しても、失敗から学ぶということに気づいた時から「出直し」ができます。

しかし、もしかすると死ぬ間際になっても学ぶということに気づかないということもあるでしょう。それでもまだ、人は救われると思うのです。

 

なぜなら、「学び」に気づくタイミングは人によって違うからです。

早く気づいたほうが有利に思えるかもしれませんが、実際には「気づいたその瞬間から人生が動き始める」というだけの話です。

人生は一気に変わるものではなく、気づきによって方向が少しずつ変わっていくものです。その転換点さえ訪れれば、何歳であろうと、どれほどの過去を抱えていようと、出直しは可能です。

 

たとえば、長い間後悔や失敗に縛られて生きてきた人が、ある日ふと「この経験も学びだったのではないか」と気づく瞬間があります。すると、同じ過去が別の意味を帯びて見え始めます。

それまで「失敗の積み重ね」と思っていた人生が、「学びの積み重ね」へ変わるのです。その意識の変化が引き金となり、新しい選択ができるようになり、行動が変わり、人間関係が変わり、生き方そのものが変わり始めます。

 

また、もし人生の最終局面になって気づいたとしても、それは意味のあることです。

人は最後の瞬間に「自分は多くを学んできた」と思えれば、その人生は決して無駄ではありません。学びに気づくことは、自分の存在を肯定することだからです。

その肯定がある限り、たとえ時間が残されていなくても、人は救われます。

 

更に付け加えるなら、人は死んだ時、「すべてのしがらみから解放される」と、チベットの高僧、ザ・チョゼ・リンポチェ様はおっしゃっておられました。

生きている間の誤解や疑い、辛さや苦しみ、すべてのしがらみから人は解放され、この世界のすべてを「ありのまま」に分かるのです。

その時、失敗だったと思ったことが、後々の人生を形作っていたことを知ることができるかもしれません。たくさんの出来事が原因とり、また結果となって人生を織りなしていたと分かるのです。

その時まで、失敗に苦しみ、後悔にさいなまれることもあるでしょう。それと同じくらいかそれ以上に歓喜の時もあるでしょう。

このシンプルで深い真実が、人生の失敗をどう捉えるかの答えになると思います。

 

 

今日も読んでいただきありがとうございます。

では、ごきげんよう。さようなら。

 

 

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