幸せが怖い理由|壊されない幸せの作り方

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幸せを手に入れたのに「また壊されるかも」とこわくなるのは、昔の辛い気持ちがまだ心に残っているからです。

でも、今のあなたの周りにいる人たちは、過去の人とは違います。

幸せは頑張って守るものではなく、安心できる場所や優しい人とつながることで、自然と守られていきます。

これからの幸せは、誰にも壊されないものに変わっていけます。

今日は「幸せが怖い理由|壊されない幸せの作り方と題して、幸せが怖いについて考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。


そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

 

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観るのが大好きです。
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今日も、
そんなYouTubeの中から
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●幸せが怖い理由|壊されない幸せの作り方

 

○幸せが怖い理由|壊されない幸せの作り方

 

幸せになるのが怖いというより

 

幸せを嫌がらせしてきた人達に

また壊されるのが怖いです。

 

幸せに向かって努力したら

幸せになったんです。

 

だから、幸せを獲得するのに

毎日闘いって感じです。

休む間もなくと感じてしまいます。

yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13322729728

※質問は原文ママです。

 

みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。

 

闘って幸せを獲得したことお見事です。しかし、闘って得たモノは闘いで奪われることがあります。

次は闘わずして得られる幸せを見つけてはどうでしょうか。

幸せは「在ると思えば在るし」、「ないと思えばない」。こうしなければ手に入らないと思えば、そうしなければ手に入らないものです。

 

あなたが闘い抜いて幸せをつかみ取ってきたことは、本当に素晴らしいことです。その強さがあったからこそ、困難を乗り越え、自分の人生を前に進めてこられたのでしょう。

ただ、闘いで得た幸せというのは、手にした瞬間から「守らなければ奪われる」という緊張を伴いやすいものです。なぜなら、人は“闘って得たものは闘いによって壊れる可能性がある”と無意識に学習してしまうからです。

 

しかし、幸せにはもう一つの種類があります。

それが「闘わずに得られる幸せ」です。これは、誰かと争う必要も、自分を削る必要もなく、ただ自然と自分の中に満ちていくような静かな幸せです。

外側の条件が整うことで生まれるのではなく、自分の心の状態によって感じられる幸せです。

 

闘いによる幸せは、外側の成果や評価が基盤にあります。

一方、闘わない幸せは、外側の変化にほとんど左右されません。たとえば、「自分は大丈夫だ」と感じられる安心感や、朝の空気が気持ちよかったと思える余裕、人の言葉に傷つかない強さなどです。

これらは誰にも奪えない幸せであり、何かを勝ち取る必要もありません。

 

「幸せは在ると思えば在る」というのは、その幸せが“自分で生み出せるもの”であることを示しています。

「こうしなければ幸せになれない」と思い込めば、いつまでもその条件を満たすために闘わざるを得なくなります。しかし、「幸せはすでに自分の中にある」と視点を変えれば、闘う必要はなくなるのです。

◯努力しない自分はまだ幸せになる資格がない?

 

努力を否定しているわけではありません。

ただ、幸せが「今ここに」在るモノなら努力は必要ないはずです。

在ることに気づくだけです。

ところが、「努力が必要」だと思っていると、努力するまでは見えないモノになってしまいます。

 

川を眺めていて、「魚がいるかもしれないな」と目を凝らすと魚を見つけることができるかもしれません。ところが、はじめから「魚なんていない」と思っていると魚を見つけることはできません。

いたとしても目に入らないのです。

 

もちろん、「そこにない」ということもあるかもしれませんが、はじめから「ない」と思っている人は在ったとしても見つけることができないということです。

 

ここで大切なのは、“幸せを得る方法ではなく、幸せを見つけるための視点”についての話です。

ここで扱うのは“幸せを認識する力”です。この二つは似ているようで、本質がまったく違います。

 

多くの人は「幸せは努力の先にある」と信じています。努力すること自体は素晴らしいし、間違っているわけではありません。

しかしその信念が強すぎると、「努力しない自分はまだ幸せになる資格がない」と感じてしまい、すでに存在している幸せが目に入らなくなります。

 

魚を探す話と同じです。

魚がいる可能性を信じて川を眺める人は、ほんの小さな動きにも気づきます。

でも「どうせいない」と思って川を見る人には、魚が目の前を横切っても見えません。幸せも同じで、「幸せは探せば見つかるもの」と考える人は、日常の中に散らばる小さな幸福に気づけます。

「ない」と決めつけている人は、どれほど幸せな状況に置かれていても視界に入らないのです。

 

この「見える・見えない」という差を生むのは、実際の環境ではなく、あなたの心の“焦点”です。

努力によって成果をつかむタイプの幸せは、焦点が未来に向いています。「いつか幸せになれる」「もっと頑張れば幸せが見える」といった未来志向です。

 

一方、“今ここに在る幸せ”は、焦点を現在に向けないと見えません。

今日が無事に終わったこと、安心して眠れる場所があること、心を許せる人がいること、深呼吸したときの静けさ。それらは努力とは関係なく、ただ存在しているものです。

 

この視点を身につけると、「努力しないと幸せになれない」という思い込みから自由になれます。

努力は素晴らしい。でも、幸せの入口は努力の先だけではありません。気づけばすでに足元にあった、ということが何度も起こるのです。

◯幸せは安心して呼吸できる場所にある

 

そして、もうひとつ大切なのは「幸せを壊した人たちの記憶と、これから出会う人たちの現実はまったく別物だ」ということです。

 

あなたが感じている恐怖は、とても自然なものです。

なぜなら、人は一度大切なものを壊されると、「次もきっと同じことが起こる」と身を守る本能が働くからです。これは弱さではなく、生き残るための正常な反応です。

ただ、この反応が続きすぎると、本当は安全な場所でも「また壊されるかもしれない」という緊張が離れなくなり、幸せが“負担”のように感じられてしまいます。

幸せを手にするたびに胸がざわつき、嬉しいのに心が休まらない。これは、あなたがおかしいのではなく、過去の痛みがあまりに強かった証拠なのです。

 

ここで大切なのは、「過去の人たちは、もう今のあなたには触れられない」という事実を、少しずつ体に教えていくことです。

頭では理解していても、心はまだ昔の恐怖とつながっている。その“心の時間差”を埋める作業が必要なのです。

 

たとえば、今のあなたのまわりには、昔のように幸せを壊そうとする人ばかりではないはずです。

それでも恐怖が湧くのは、「壊す人が現れる可能性」ではなく、「壊された記憶がまだ消えていない」からです。

つまり、今感じている怖さの多くは“現実の危険”ではなく、“記憶の危険”なのです。

 

これは、あなたの人生にとって大きな救いでもあります。

なぜなら、現実の危険なら避けなければなりませんが、記憶の危険なら時間と経験で薄めていけるからです。

新しい人間関係、安心できる場所、丁寧に扱ってくれる相手、あなたを尊重する人たち。こうした「安全な出来事」が積み重なると、心は少しずつ「もう壊されない」という感覚を取り戻していきます。

過去にあなたを傷つけた人たちは、あなたの未来には存在しません。

 

幸せは戦場にはありません。

幸せは、あなたが安心して呼吸できる場所にあります。

そこへ歩いていけば、あなたの幸せは誰にも壊されないものへと変わっていきます。

 

あなたの幸せは、もう“戦いの延長”にある必要はありません。

これからの幸せは、“安心の上に静かに積み重なるもの”へと、確かに形を変えていきます。

 

 

今日も読んでいただきありがとうございます。

では、ごきげんよう。さようなら。

 

 

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