人生に意味はあるのか|自分のために生きると心が軽くなる理由
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人生に意味があるかどうかは、すぐにはわかりません。
でも、むりに意味を探すと心がつかれてしまいます。
人生をゲームみたいに考えると、失敗も楽しみに変えられます。また、小さな楽しみを作ったり、自分が元気になる環境を整えたりすると、モチベがゆっくり戻ってきます。
人生は、少しずつ楽しいことを増やしていけば大丈夫です。
今日は「人生に意味はあるのか|自分のために生きると心が軽くなる理由」と題して、人生に意味はあるのかについて考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
●おすすめYouTube
くろちゃんはYouTubeを
観るのが大好きです。
毎日ガンガン観ています!
今日も、
そんなYouTubeの中から
オススメのものを紹介します。
●高市早苗の絶妙なコメントに神谷宗幣が思わず爆笑
●人生に意味はあるのか|自分のために生きると心が軽くなる理由
○人生に意味はあるのか|自分のために生きると心が軽くなる理由
人生って本当に意味あるんでしょうか?
そりゃ、現実に向き合い、どこかで妥協しなきゃいけないのはわかります。
しかし、その結果、覇気を失い、生命力を失い、誰の為かわからない生活を続ける。
そして、孤独に生きるか、心の通じ合わない人と結婚し、崩壊するまでのおままごとをする。
そんな事の連続と分かってしまい、なんだかモチベがなくなってしまいました。
趣味だって果たして何のためにあるのか、わかりません。
居なくなろうとかいう訳じゃありませんが、なんだかモチベが出ません。
どうしたら少しはモチベが出ますか?
皆さんの意見を聞かせて下さい。
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10322526440)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
たとえばですが、もし人生がゲームならどうでしょうか?
ゲームなんてクリアしたからとってお金がもらえるわけではないし、友だちが褒めてくれるかもしれませんが、だからといって人生の足しにもなりません。
でも楽しい。それがゲームをする意味です。
人生はゲームとは違います。でも、ゲームを楽しむように人生を楽しむことはできます。
ゲームならうまくいかないことがあって当たり前、その方が楽しくて燃えることだってあります。
結局、楽しいか楽しくないかだけだとしたら、ゲームだと思ってみてはどうでしょう。
たとえば・・・。
ミッション①目の前の人を笑わせる②相手を怒らせる③ありがとうと言わせる等、うまくいってもいかなくても、どうせ人生の足しにもなりません。
でも楽しければ儲けものです。
ここからさらに言えば、「意味を求めない遊び方」を人生に持ち込むと、肩の力がすっと抜けます。
ゲームは、上達したから偉いわけでも正しいわけでもありません。ただ、その瞬間に没入するから面白いのです。
その構造は人生と驚くほど似ています。
仕事も人間関係も“勝つため”だけにやると苦しくなりますが、“イベント”だと思って参加すると意外と気が楽になることが多いのです。
人生に疲れる人の多くは、「意味がないといけない」「成果がないといけない」という呪いにしばられています。
人生をゲームだと考え直すと、目的よりも「遊び方」の方が大切になります。
◯意味を放棄する
人生に意味を求めるから絶望してしまうのです。
「人生にはそもそも意味などない」かもしれません。
「意味は作っていくもの」「見出していくもの」だとしたら、絶望すれば絶望という意味が見出されてしまいます。
本当の答えは生きている間はわかりません。
死ぬ瞬間に自分自身がどう感じるか?「良い人生だった」と思うか、「最悪の人生だった」と思うか?
今想像できるのは、そんなところです。だとしたら、今できるのは「今を楽しくすることだけ」です。
この“意味の呪い”は、多くの人が気づかぬうちに背負っています。
人生の意味を探す行為は、一歩間違えると重荷になります。「意味が見つからない=価値がない」という勘違いを生みやすいからです。
でも、意味なんて後付けでいくらでも変わります。今日の出来事には意味がなくても、十年後には「あの経験があったから今の自分がいる」と思う可能性だってある。つまり、人生の意味は“未来の自分”が決めるのです。
だから今の自分が「意味を見出せない」と落ち込むのは少し早い。まだ途中だからです。
途中のページだけ読んで「この本つまらない」と言うようなものなんです。生きている限り物語は続いていくので、今のページだけで判断しなくていいのです。
意味を探しすぎて疲れたときは、意味を捨てましょう。
意味を手放すと、代わりに“余白”が戻ってきます。その余白の中で、小さな幸せや面白さを拾えるようになります。
モチベが出ないときほど、「意味の放棄」が私を救ってくれます。
◯“自分のために生きる”と決める
自分の人生なのに、気づけば「他人のために生きているような感覚」に包まれることは珍しくありません。
誰かに認められるため、怒られないため、嫌われないため、評価を落とさないため──こうした外側の理由に縛られ続けると、人はいつの間にか心の中心を見失い、「自分は何のために生きているのか?」という疑問が生まれます。
実は、その瞬間こそ“自分のために生きる”第一歩なのです。
自分のために生きるとは、誰かを突き放すことではありません。自分の心を守ることです。自分を守れる人だけが、後で誰かを大切にできるのです。
まずは、自分の感情を「正しい・間違い」で判断しないでください。「どう感じているか」だけを大事にしてください。そこにこそ、あなたの人生の中心があります。
たとえば、疲れた日は休む。嫌な人とは距離を置く。少しでも心が軽くなる方向に進む。
こうした小さな行動は、目に見えないようでいて、確実に“自分のために生きる力”を育てます。
さらに、自分のために生き始めると、不思議なほど心が落ち着き、周囲との関係も改善します。自分を大切にできる人は、自然と他者にも優しくなれるからです。逆に、自分を犠牲にして生きている人ほど、心は疲れ切り、他者にも厳しくなります。
本当に他人を大切にしたいなら、まずは自分からなのです。
人生の意味を探すより前に、まずは“自分のために生きる”と決める。
それだけで、世界の見え方が大きく変わっていきます。
今日も読んでいただきありがとうございます。
では、ごきげんよう。さようなら。
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