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失って気づく幸せは本当か?|小さな幸せを数えられる人が、本当に幸せな人

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人は、大きな幸せばかりを探していると、毎日の中の小さな幸せを見のがしてしまいます。

だから、なくしてから「あれは幸せだった」と気づくのです。

今ある小さな幸せに気づくことが、本当の幸せの力です。

今日は「失って気づく幸せは本当か?|小さな幸せを数えられる人が、本当に幸せな人と題して、失って気づく幸せについて考えます。

 

世界一、幸せなみなさんへ

今日も読んでいただき
感謝しています。


そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。

くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。

くろちゃんは、
世界一幸運です。

毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。

 

●おすすめYouTube

くろちゃんはYouTubeを
観るのが大好きです。
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今日も、
そんなYouTubeの中から
オススメのものを紹介します。

●【桑田真澄】プロの覚悟

 

●失って気づく幸せは本当か?|小さな幸せを数えられる人が、本当に幸せな人

 

○失って気づく幸せは本当か?|小さな幸せを数えられる人が、本当に幸せな人

 

「失ってはじめてわかる幸せ」なんてものはないと思っているのですが違うのですか?

幸せならその最中に「うわー!(*’▽’)なんて幸せなんだ!」と十分感じまくっているからです。だから、「これが去ったらまた不幸になるな」ということも十分わかっている。

普通そうじゃないんですか?

私から言わせると、「失ってはじめてわかる幸せ」なんていうのは「幸せ」じゃないです。単なる「中間状態」で、そっから「不幸」になったから、その「中間状態」をなぜか「あれは幸せだった」と言い出す人が多いのを不思議に思うのですが、私がおかしいのでしょうか?

yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13321437858

※質問は原文ママです。

 

みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。

 

人間は、物事の価値を常に相対的に判断します。私たちは、これまで経験したことや知っているものと比較することでしか、その価値を測ることができません。

 

たとえば、「美味しい」と感じるのは、過去に食べたものとの比較の上でのことです。「面白い」という感覚も、これまでの体験と比べて初めて生まれます。つまり、人の感情とは、常に「過去と今」の対比の中で動いているのです。

 

しかし、人間は幸せに慣れてしまう生き物です。何かを手に入れて幸せを感じたとしても、やがてそれは日常となり、「普通」の感覚に変わってしまいます。昨日までは感動だったことが、今日には当たり前になる。これが、幸福感が時間とともに薄れていく理由です。

 

「失って初めてわかる幸せ」とは、この「普通になってしまった幸せ」を失ったときに初めて気づく感情ではないでしょうか。つまり、幸せを感じていなかったわけではなく、感じることを“意識していなかった”だけなのです。

 

したがって、幸せには「手に入れて初めてわかるもの」と「失って初めてわかるもの」の両方があります。前者は感情の高まりを伴う一瞬の幸福であり、後者は静かに沁みるような感覚です。どちらも“幸せ”という本質から外れてはいません。

◯「今ここ」に意識を戻す

 

そもそも、「幸せなこと」や「不幸せなこと」というものは、絶対的に存在しているわけではありません。

それらは、何かと比較することによってはじめて「幸せ」や「不幸せ」と感じられるものです。この本質を見抜いていないと、私たちは「今ここ」ではない「いつかのあそこ」に幸せを求め続けてしまいます。

 

もし今、「私」が不幸せだと感じているとしたら、それはこれまでに経験した「幸せな体験」と比べているからです。逆に、もし過去にもっと辛い経験をしていたなら、今感じている状況を「幸せ」と受け止めているかもしれません。

 

つまり、幸せも不幸せも、状況の中にあるのではなく、「心の向け方」によって変わるものです。

「今、幸せだ」と感じられる人は、今この瞬間に意識を向けている人です。

一方、「あの頃はよかった」と思う人は、過去に意識を置いている人。

 

どちらが良い悪いではなく、私たちはその両方を行き来しながら、自分の心のあり方を学んでいくのだと思います。

だからこそ、「今ここ」に意識を戻すことが、幸せを感じるための第一歩なのです。

◯幸せに“気づく力”

 

「失ってわかる幸せなどない」と感じる人の多くは、もしかすると“大きな幸せ”だけを幸せだと考えているのかもしれません。

たとえば、恋の成就や大きな成功、理想の仕事、特別な体験──そういった、ドラマチックで印象的な幸福だけを「幸せ」と呼んでいる。

 

しかし、本当の幸せはもっと静かで、もっと小さなものです。

朝の光のやわらかさ、誰かの「おはよう」という声、温かいごはんの匂い、健康で起き上がれること。

それらはあまりに日常の中に溶け込んでいるため、意識しなければ見えません。当たり前とさえ思ってしまいます。

だからこそ、失ったときにようやく「あれは幸せだった」と気づくのです。

 

つまり、「失ってはじめてわかる幸せ」とは、「日常の幸せを日常のうちに感じ取る感性が鈍っていた」ということの裏返しでもあります。

大きな出来事ばかりを幸せの基準にしていると、今この瞬間の幸せは“ゼロ”に見えてしまう。

しかし、幸せの本質は「量」や「強さ」ではなく、「気づき」の多さにあるのです。

 

あなたが「幸せの最中に十分感じている」と語るように、その場で感謝を感じられるのは素晴らしいことです。

けれど世の中の多くの人は、幸せに“気づく力”を日々の忙しさの中で失っています。

だからこそ、失ってから気づく。

それは愚かでも遅すぎるわけでもなく、人間として自然な成長のプロセスなのです。

 

結局のところ、「失ってはじめてわかる幸せ」も「その最中にわかる幸せ」も、どちらも“幸せに気づく物語”です。

違いは、気づくタイミングだけ。

小さな幸せを数えることができる人は、失わなくても幸せを感じられる人です。

そしてそれは、人生を豊かに生きるための、もっとも確かな力だと私は思います。

 

今日も読んでいただきありがとうございます。

では、ごきげんよう。さようなら。

 

 

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