他人が褒められると落ち込む理由|自分らしさを守る方法
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人は他の人が褒められると、その人と比べて「自分は負けている」と思うことがあります。でも本当は、みんな違う役割を持っていて、一人ひとりが大切なピースなのです。
友だちがほめられていても、自分には自分の強みがあります。比べるよりも、自分らしさを見つけて大事にすると心が楽になります。
今日は「他人が褒められると落ち込む理由|自分らしさを守る方法」と題して、他人が褒められると落ち込むについて考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
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●他人が褒められると落ち込む理由|自分らしさを守る方法
○他人が褒められると落ち込む理由|自分らしさを守る方法
自分の友だちや兄弟、仕事仲間など、隣にいる人が他の人から褒められているのを見るとわたしはその部分は劣っているのか、、と気にしてしまうことがあるのですが、これはどういう心理からくるものでしょうか。
例えば、「妹は明るいところがすてきだな〜」とか「〇〇さんは仕事丁寧だもんな〜」など一緒の空間で褒められているという状況です。
旦那は内容によっては悔しいなと思うけど頑張ろうと思うだけで気にならないと話すのを聞いてわたしの問題なのだと気がつきました。
心理状況を理解して
そう思わず前向きに捉えれるようにしたいです。
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13319882753)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
自分が、誰かのことを褒めている時はどうでしょう?
「誰かを褒める」とは、その人が自分よりも優れていると感じた時に口にするものだと考えてはいないでしょうか。
もしそうであるなら、他人が誰かを褒めている時も、同じように「優劣」を前提にしているはずだと無意識に思い込んでしまう可能性があります。
その結果、自分以外の誰かが褒められている場面に出会うと、「私は劣っているのだ」と直結させてしまうのです。
しかし、実際には多くの人は「ただその人の良さを認めているだけ」です。必ずしも優劣を比較しているわけではありません。
けれども、褒められている相手がその分野で他よりも優れているのは事実でしょう。そして同時に、「私は劣っている」という受け止めも、ある意味では間違いではありません。
ただ、人間は誰しも得意不得意があり、役割も異なります。ですから、自分が劣っていると感じる分野があるなら、その逆に「自分が優れている部分もある」と考えなければ不公平です。
たとえば、スポーツを思い浮かべると分かりやすいでしょう。
チーム競技で大切なのは”総合力”です。全員が同じ能力を持つことではありません。攻撃が得意な人もいれば守備が得意な人もいます。誰かの強みは、別の誰かの弱みを補っているのです。社会や人間関係も同じで、全員が同じ分野で競う必要はありません。
大切なのは「自分の持ち場を守ること」です。
自分の得意なこと、自分らしさを大切にし、それを発揮することで全体の調和が生まれます。他人が褒められることを気にしすぎる必要はありません。むしろ「その人が得意な分野で光っているのだ」と受け止め、自分は自分の強みを伸ばすことに集中すればよいのです。
そう考えると、他人が褒められる姿は脅威ではなく、むしろ刺激や学びに変わります。
◯私たちは皆「総合力の一部」として存在している
”総合力”という考え方は、仕事やスポーツだけでなく、人生においての生き方、考え方として大事なことだと思います。
もっと大きな視点で見れば、この世界そのものが「総合力」で成り立っています。
ただし、その総合力には「総合力を上げる」というような概念は存在しません。むしろ、この世界はジグソーパズルにたとえることができます。
ひとつのパズルを完成させるためには、形も大きさも異なる無数のピースが必要です。それぞれのピースが個性的で、凹凸の形も違います。しかし、どのピースも「そこにしかない役割」を持ち、欠けてしまえば全体は完成しません。
私たち人間も同じです。一人ひとりが違う形を持つ存在であり、その違いこそが世界を成り立たせています。
もし全員が同じように優秀で、同じ能力を持っていたらどうなるでしょう。
社会は成り立たず、互いの存在価値も消えてしまうでしょう。逆に、誰かが欠けることで全体が不完全になり、それを補おうとする新たな役割が生まれます。
つまり、私たちは皆「総合力の一部」として存在しているのです。隣の人が褒められるのは、その人がその場所で自分らしい役割を果たしているからです。
あなたはその人と違う形を持ち、別の役割を担っています。比較する必要はなく、むしろ「全体の完成のために自分も欠かせない存在なのだ」と捉える方が健全です。
この視点を持てば、「褒められている=自分が劣っている」という短絡的な思い込みから抜け出せるはずです。世界は優劣の勝負ではなく、全員が役割を持つパズル。そこに気づいた時、心はずっと軽くなります。
◯誰もが自分にしか果たせない役割を持っている
どんな人にも役割があります。
2003年に放送されたドラマ「僕の生きる道」(主演・草彅剛)は、そのことを深く考えさせてくれるドラマでした。
主人公は28歳の若さでスキルス性胃がんに侵され、余命1年と宣告されます。彼は小さい頃、テノール歌手を夢見ていましたが、夢を追わずに無難な選択をし、教育に対しても情熱を失った事なかれ主義の教師となっていました。
しかし、死と向き合う状況になった時、彼は「残りの人生を悔いなく生きる」と決めます。最初は自暴自棄になりながらも、やがて生徒たちの前で真剣に生きる姿を見せるようになるのです。
その姿に触れた生徒たちは、命の尊さや「今を生きることの大切さ」を学びます。
ここで大切なのは、たとえ余命わずかであっても、その存在が誰かに影響を与え、学びを残すということです。これは、一般的に「弱い立場」とされる人でも、実は大きな役割を果たしています。その人の生きる姿や言葉が、他者の心を動かし、生きる勇気を与えるのです。
つまり、誰もが自分にしか果たせない役割を持っています。
褒められる人はその役割を果たしているだけであり、褒められない人が価値が低いわけではありません。表舞台で輝く人もいれば、陰で支える人もいます。その両方があって初めて社会は成り立つのです。
「自分は劣っている」と感じる時、それは単なる錯覚かもしれません。むしろ「自分は別の役割を担っている」と視点を変えることで、比較から解放され、自分らしく生きる力に変えられるのです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
では、ごきげんよう。さようなら。
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