本当の自由とは何か|潜在意識と制約から考える心の解放
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本当の自由は、潜在意識をすべて顕在化させることではなく、「制約の中で自由を感じられる心」にあります。
潜在意識の完全な顕在化は人間らしさを失わせる危険もあり、むしろ未知を残すことが人生の奥行きにつながります。
自由とは外的条件ではなく、心の感受性によって育まれるものなのです。
今日は「本当の自由とは何か|潜在意識と制約から考える心の解放」と題して、本当の自由について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
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●自由とは【ドラマの名言で哲学する】#コタツがない家 「深掘悠作が自由の本質を語る」
●本当の自由とは何か|潜在意識と制約から考える心の解放
○本当の自由とは何か|潜在意識と制約から考える心の解放
本当の自由(フリーダム)というのは、ほぼほぼ不可能でしょうが、潜在意識すべてを顕在意識まで持って来られたときに初めて得られるものなのではないかという考え方についてどう思われますか。
本当の自由というのは、何の抑制も受けずに、自分がなりたい心の自分になることができるということだと仮定した場合。
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14318985679)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
潜在意識が100%になることが自由であるという考えには賛同します。
しかし、それは同時に不可能であるとも思います。
なぜなら、「自由」という概念は、「私」という意識があって初めて感じられるものだからです。潜在意識が100%の状態では、「私」という意識からも解放されているでしょう。そうなると、自由という概念自体も存在しなくなるのではないでしょうか。
そして、そのように自由という概念すら存在しない状態こそが、「本当の自由」だと考えます。
ドラマ「コタツがない家」の中で、「自由とは制限のある中でたまに訪れる開放感のことを言うんだよ」というセリフがあります。
この言葉が示すように、顕在意識という「バカの壁(制限)」があるからこそ、私たちは自由を感じることができるのだと思います。
つまり、制約のない世界では自由を感じることはできません。なぜなら、比較対象がないからです。もしも潜在意識が完全に顕在意識に統合され、自分自身がすべてを把握してしまえば、「自由」という感覚は消え去るでしょう。むしろ、自由を感じられるのは「不自由があるからこそ」であり、制約と解放の往復運動の中にこそ、人間の体験としての自由が宿るのです。
そう考えると、本当の自由とは「完全な潜在意識の統合」ではなく、「制限を認識した上で、それを時折超える瞬間を味わえること」なのかもしれません。日常生活の中で感じるささやかな自由、たとえば時間に縛られない休日や、誰にも干渉されない静かな夜。その刹那に訪れる解放感こそが、人間に与えられた現実的な「自由」なのだと思います。
◯人間らしさの消失
もし潜在意識のすべてを顕在化させることが可能だとしたら、果たしてそれは幸せにつながるのでしょうか。多くの人が「潜在意識を知れば自由になれる」と考えがちですが、むしろ逆の結果を招く可能性もあるのです。
潜在意識には、人間の欲望や恐怖、トラウマ、抑圧された衝動が無数に眠っています。それらをすべて顕在化させた場合、私たちは「理性による選択」よりも「本能や欲望の支配」によって行動してしまうかもしれません。そうなれば、社会生活はもちろん、自己の統合すら難しくなるでしょう。
さらに、潜在意識のすべてを知るということは、「知らない自由」を失うことでもあります。人間はすべてを理解していないからこそ、想像したり、夢を描いたり、未来を望んだりできます。潜在意識が完全に顕在化した瞬間、未知の部分は消え去り、世界は透明になってしまうでしょう。透明な世界には安心がある一方で、ワクワクする驚きや期待は存在できません。
たとえば、映画や小説を楽しむのは「結末が分からない」からです。恋愛や人間関係に心が揺さぶられるのも、「相手の心が完全には見えない」からです。潜在意識のすべてを知ることは、これらの人間的な楽しみを失わせるリスクをはらんでいます。
つまり、潜在意識の完全な顕在化は「知の完成」ではなく、「人間らしさの消失」につながる可能性があるのです。だからこそ、私たちは潜在意識を完全に顕在化させることなく、ある程度の「未知」を残しておく必要があるのではないでしょうか。未知を抱えながら歩むことこそが、人生の奥行きをつくり、自由を実感させてくれるのです。
◯自由を感じられる心」を持つ
結局のところ、本当の自由とは「外側の条件」ではなく「内側の感覚」によって決まるものだと考えます。
社会的な制約、経済的な制約、肉体的な制約……生きている限り、私たちはさまざまな制限から逃れることはできません。しかし、その制限の中でも「自由を感じられる心」を持てるかどうかが大切なのです。
たとえば、仕事で多忙な人が休日の数時間を心から楽しめたとしたら、それは確かに「自由」を感じた瞬間です。逆に、膨大な時間とお金を持っていても、常に不安や不満に支配されている人は「不自由」な心のままでしょう。
つまり、自由とは「状況」ではなく「感受性」の問題なのです。潜在意識を完全に顕在化させることはできませんが、自分の内側に眠る思いや欲求に少しずつ気づいていくことは可能です。たとえば、瞑想や日記、内省の時間を持つことは、潜在意識の一部を顕在化させ、自己理解を深める方法になります。その積み重ねが、「小さな解放感」を増やしていくのです。
自由を求めるよりも、自由を感じる心を育てること。その心があれば、不自由な状況の中でも解放感を味わえるし、人生の意味を自分なりに見つけることができます。そして、その繰り返しの中で私たちは「本当の自由とは、心の持ち方である」という真実に近づいていくのではないでしょうか。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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