正しく生きる意味|神さまは内側にいる
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正しいことを続けると、自分を信じられるようになります。
お天道さまは外ではなく、自分の中にいて、正しい心を持っていれば、いつも味方してくれます。
今日は「正しく生きる意味|神さまは内側にいる」と題して、正しく生きるについて考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
●おすすめYouTube
くろちゃんはYouTubeを
観るのが大好きです。
毎日ガンガン観ています!
今日も、
そんなYouTubeの中から
オススメのものを紹介します。
●自分の外側にあるのはガラクタだった【偉人の名言で哲学する】#村田諒太
●正しく生きる意味|神さまは内側にいる
○正しく生きる意味|神さまは内側にいる
至急
正しく生きていれば必ずお天道さまが味方してくださりますよね?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14317455864)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
誰も見ていなくても「お天道さまは見ている」と言われることがあります。
この「お天道さま」という存在を、私は“自分自身の心”だと思っています。
人の目を気にせず、正しいと信じることを選び続けることは簡単ではありません。けれども、「自分がこうありたい」と思う道を真っ直ぐに歩いていくと、自分に対する信頼が積み上がっていきます。
その信頼こそが、「お天道さまが味方してくれる」状態を作ってくれるのです。
たとえば、小さなことで言えば、人が見ていないところでゴミを拾う、横断歩道をきちんと渡る、嘘をつかない。そんな何気ない積み重ねが、自分の心の中にある“自分”という存在を強くしてくれます。
結果的に、「今日の自分」が「昨日までの自分」によって支えられるのです。
よく、「正直者はバカを見る」とか「ずるい人が得をする」なんて言葉を耳にします。でも、目に見える損得で心が削れていく生き方より、自分を裏切らずにいられる日々のほうが、ずっと静かであたたかく、そして強いのです。
「自分が正しいと信じていることを守って生きていれば、自分が自分のことを信じることができます。そして、今日の自分を昨日までの自分が支えてくれるのです。必ず、お天道さま(自分自身)は味方してくれます。」
この言葉は、きっと嘘ではありません。
人生の本当の味方とは、何よりも自分の中にいる「自分を裏切らなかった自分」なのです。
◯自分の中の神さま
元WBAミドル級スーパー王者・村田諒太さんが、ある動画の中でとても印象的な話をしていました。
「昔、神様は人間と共に生きていた。しかし、人間があまりによくないから、神様は隠れようと思った。最初はエベレストに隠れようとしたが、お付きの者に『いずれ人間は登ってきます』と言われ、次は月に隠れようとしたが、そこにも人間はいずれ到達すると言われた。最後に神様は『それなら人間が一番見ない“内側”に隠れよう』と決めた。」
この話の中に、深い真実があると思うのです。
私たちは答えを外に探しがちです。正しいことは外にある、真実はどこかにある、誰かが持っていると思ってしまう。けれど、村田さんの話が示すように、本当に大切なもの、人生を支えてくれる力は、自分の内側にこそ隠れています。
心の奥には、良心というものがあります。それは他人の目よりもずっと厳しく、でも、ずっと優しいものです。
誰かに見られていなくても、「自分はこれでいいのか」と問いかけ続けてくれる存在。それが“内なる神さま”であり、“お天道さま”なのではないでしょうか。
「本当に大切で、自分自身が生きていく上で自分を助けてくれるものは、自分の内側にあるものです。ですから、お天道さま、自分の中にある神さまは、必ず味方してくれるのです。」
この言葉にあるように、自分を裏切らなければ、自分の中の神さまはいつだって味方でいてくれるのです。
◯「正しく生きる」ということの本質
正しいことをしたら、良いことが起こる。
善行には報いがある。
そう信じたい気持ちは、誰の中にもあると思います。けれど、それを「必ず」と信じると、現実とのギャップで苦しむことになります。
たとえば、努力したのに報われないこと。
誠実に向き合ったのに、裏切られたこと。
こうした出来事に、「お天道さまはどこへ行ったんだ」と、つい疑いたくなってしまいます。
でもここで考えてみてください。
そもそも「正しく生きる」とは、“ご褒美”をもらうための手段だったのでしょうか?
おそらく違います。
自分の信じる道を歩き、自分を裏切らずに生きること。それが「正しく生きる」ということの本質ではないでしょうか。
つまり、「正しさの先に何か良いことがあるから」ではなく、「正しく生きること自体が、すでに自分にとっての幸福である」という感覚です。
人生には、不条理なことも、理不尽なことも起こります。
ですが、そうした出来事の中でも「それでも自分は正しくありたい」と願えること。
それが、内側にいるお天道さまを強く照らしてくれるのです。
誰にも褒められなくても、誰からも評価されなくても、あなたの中にはあなたを見ている存在がいます。
だからこそ、「正しく生きる」という選択は、結果ではなく、プロセスそのものに意味があるのです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
では、ごきげんよう。さようなら。
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