生きる目的は必要?|幸せは今この瞬間にある
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人は何のために生きるのかを考えますが、はっきりした目的がなくても、自分が心地よくいられる毎日を大切にすることで、幸せを感じることができるのです。
今日は「生きる目的は必要?|幸せは今この瞬間にある」と題して、生きる目的について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
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そんなYouTubeの中から
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●生きる目的は必要?|幸せは今この瞬間にある
○生きる目的は必要?|幸せは今この瞬間にある
何のために生きているのか、考えた事がありますか?
私は考えたことはありませんでした。なんというのか、死んでないから生きている、臓器が動いているから生きてる、という感じに近い気がします。何かの為に生きている、という感覚がなかった。人間は、何かの為に生きていないといけないのでしょうか。
主人と喧嘩した時に「もう何のために生きてるのか分からない」と言われました。主人は家族の為に生きてきたのでしょう。少し重く感じました。そんなこと頼んでないけどな、みたいな。私自身、何かのために生きてきた感覚がないので、もちろん主人や子供のために生きてきたつもりも有りません。かと言って家庭を蔑ろにしているつもりもなく、家庭が優先です。誰かや何かの為ではなくて、自分がそうしたいからそうしている。(そうしたい自分の欲求を満たす為に生きてるって事ですかね?)
生きる目的がないとダメですか?
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10314128840)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
「何のために生きているのか?」に正解はありません。人それぞれであり、優劣もなく、目的もありません。
しかし、誰もが「なんとなく居心地がよくて、安心できて、温かい時間」、つまり「幸せ」を願っているのではないでしょうか。
それは、家族、お金、地位や名誉など、人によって様々です。
人は主観でしか生きられず、自分が正しいと信じたことを他人も信じていると思いがちです。
そのため、自分の価値観と違う生き方を見たとき、違和感や不快感、時に怒りすら覚えることもあります。
でも、それは単に「価値観の違い」であって、誰かが間違っているわけではありません。
ご主人が「もう何のために生きてるのか分からない」と言ったとき、それはきっと「これまで自分が信じてきた目的」が揺らいだ瞬間だったのでしょう。
たとえば、「家族のために」という目的で頑張ってきたのに、その家族から「そんなこと頼んでないよ」と言われたら、自分の存在理由が否定されたように感じるかもしれません。
でも、それもまた、ご主人の視点から見た「幸せの形」でしかないのです。
質問者さまが家庭を「自分がそうしたいから優先している」と考えているように、ご主人もまた「家族のために」と信じて行動してきた。それはただ、表現の違い、言葉の選び方の違いであって、根底にある想いはそう変わらないのではないでしょうか。
誰でも自分の幸せが大事であるように、ご主人もそうだというだけなのです。
無理に相手の幸せに合わせる必要もなければ、自分の幸せを否定する必要もありません。
大切なのは「違う考えを受け入れること」。そして「自分の幸せを大切にすること」。
それだけで、生きる理由は自然と心の中に芽生えてくるはずです。
◯本当の欲求
ドラマ「3年B組金八先生」第8シリーズ「第10回 高利貸しの女の子」で、金八先生が生徒にお金の授業をしました。
この回では、金八先生が生徒たちに「お金の本当の価値」について考えさせる授業を行います。
「お金があったら何が欲しい?」という問いかけに、生徒たちは「スポーツカー」「可愛い犬」「優勝カップ」「ハーレム」など、思い思いの“欲しいもの”を答えていきます。
そこで金八先生は、スポーツカーが欲しいという生徒に「それを手に入れたらどうする?」と尋ねました。
生徒は「高速道路をぶっ飛ばす」と答えますが、それだけではつまらないと言います。そして「誰かに見せて自慢したい」という本音を口にします。
すると金八先生は言いました。「それなら、本当に欲しいのはスポーツカーではなく、君のことをカッコいいと言って憧れてくれる友達なんじゃないか?」と。
さらに、優勝カップが欲しいという別の生徒には、「優勝カップならその辺の店で千円、二千円で買える」と言います。
生徒は「そうじゃなくて、自分で練習して強くなって勝ち取った優勝カップがいい」と答えました。
そこで金八先生は、「じゃあ君が本当に欲しいのは、強い自分なんじゃないかな?」と返すのです。
このやり取りの中で、生徒たちはだんだんと、自分たちが“欲しい”と思っているものの奥にある「本当の欲求」に気づいていきます。
ただのモノや称号が欲しいのではなく、それを通して得られる「感情」や「関係性」こそが本当に求めていたものだったということに気づくのです。
さらに、こんな場面もありました。
ある生徒が「お金持ちはお金のことを考えなくていいから幸せだ」と言いました。
それに対して金八先生は、「ということは、いくらお金をたくさん持っていても、もっとお金を儲けたいと考えている人は幸せじゃないってことだよな?」と問い返します。
生徒はハッとします。「お金=幸せ」だと思い込んでいたけれど、実際には「お金を気にしないでいられる心の余裕」が本当の幸せなんだと気づいたのです。
私たちが欲しいと願っているものは、家族、お金、地位や名誉など様々です。
けれど、それそのものが欲しいわけではなく、それによって得られる“形のないもの”。安心、誇り、愛、自己肯定感、つながりを、本当は求めているのだと思います。
質問者さまが「家庭を優先しているのは、自分がそうしたいから」と語ったその感覚も、まさに同じです。
外から与えられた目的ではなく、内側から湧き上がる「心地よさ」「満たされる感じ」が、質問者さまにとっての“幸せの感覚”なのでしょう。
つまり、欲しいものが何であれ、それを求める理由が「幸せでいたいから」なら、それだけで十分なのです。
目的がないと生きられない、なんてことはありません。
大切なのは、自分の心がちゃんと「満たされている」と感じられるかどうか。その一点なのです。
◯幸せは今この瞬間にある
形や方法は人それぞれですが、私たちは「幸せに生きる」ことを願っています。
幸せとは、特定の何かを手に入れたときに訪れる「状態」ではなく、日々の暮らしの中で感じる「実感」です。
たとえば、朝起きて窓から光が差し込んできたとき、子どもが笑いかけてくれたとき、パートナーが帰宅して「おかえり」と言えたとき。
そうした小さなことの中に、私たちは「生きていてよかった」と思える瞬間を見つけます。
生きる目的はなくてもいいのかもしれません。
でも、「幸せを感じること」が、生きている実感をくれるのだと思います。
「私は何のために生きているのか?」と考えたとき、答えが見つからないのは当然です。
それは“探して見つけるもの”ではなく、“今この瞬間”に感じるものだからです。
何かに役立つとか、誰かのためとか、それももちろん素敵な目的ですが、「私はこれが好き」「こうしていたい」「この瞬間が心地よい」。そう思えることがあれば、それだけで生きる理由になります。
ご主人のように「誰かのために生きている」と感じる人もいれば、質問者さまのように「自分がしたいからしている」と感じる人もいます。
どちらも間違いではなく、どちらも「幸せを求めている」ことに変わりはありません。
そして、「自分の幸せを知っている人」は、周りにも優しくなれます。
だから、「自分のために生きる」ことは、巡り巡って、周囲をも温める生き方になるのです。
では、ごきげんよう。さようなら。
電子書籍を出版しています。
Unlimited会員なら0円で購入できます。
ぜひ、お読みください。m(_ _)m
●今日のまとめ
今日は「生きる目的は必要?|幸せは今この瞬間にある」と題して、生きる目的について考えました。
○生きる目的は必要?
大切なのは「違う考えを受け入れること」。そして「自分の幸せを大切にすること」。
それだけで、生きる理由は自然と心の中に芽生えてくるはずです。
◯本当の欲求
私たちが欲しいと願っているものは、家族、お金、地位や名誉など様々です。
けれど、それそのものが欲しいわけではなく、それによって得られる“形のないもの”。安心、誇り、愛、自己肯定感、つながりを、本当は求めているのだと思います。
◯幸せは今この瞬間にある
「私は何のために生きているのか?」と考えたとき、答えが見つからないのは当然です。
それは“探して見つけるもの”ではなく、“今この瞬間”に感じるものだからです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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