優しくされないのは辛い?|与えるから与えられる

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人から優しくしてもらえないと感じることと、自分が人に優しくできないことは、どちらも辛いものです。

でも、その原因は自分の行いが返ってきているからかもしれません。

優しくされることを求めるのではなく、自分から優しさを与えることで、状況は変わります。

今日は「優しくされないのは辛い?|与えるから与えられると題して、優しくされないということについて考えます。

 

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●優しくされないのは辛い?|与えるから与えられる

 

○優しくされないのは辛い?

 

人から優しくしてもらえないと感じることと、自分自身が人に優しく出来ない場合では、どちらが辛いですか?

yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12311539972

※質問は原文ママです。

 

みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。


辛いと感じるには、優しくしてもらえない時だと思います。ただ、裏表の関係ですから、優しくしてもらえていないと感じるから他人にも優しくできないので、実はどっちも辛い状態です。

どっちを先に感じるか?の違いだといえます。

人生では、したこともしなかったことも「すべて」自分に返ってきます。優しくしてもらえないのは、これまでの自分の行いの報いとして「優しくしてもらえない」ということが返ってきているのです。

「卵が先か鶏が先か」みたいな話ですが、実は両方が同時に起こってます。たとえば、ニコッと笑って「おはよう」と挨拶すると、ニコッと笑って「おはよう」が返ってきます。もし、返ってこなかったら、返ってこない理由があって、それがそういう形で返ってきているのです。

人間は自分のことしかわかりませんから、自分は笑って挨拶したのに、相手からは挨拶されなかった、つまり「優しくしてもらえない」を先に感じます。しかし、「優しくしてもらえない」が返ってきたのには返ってきた理由があるのです。

たとえば、昨日自分が挨拶されたのに気づかずに挨拶を返さなかったとか、不用意な言葉が相手を傷つけていたということがあったかもしれません。

自分に返ってきたものを見て、自分の行いを振り返ることが大切なのです。

◯「報い」を良い悪いで区別しない

 

誤解のないように申し添えると「報い」とは「悪い報い」という意味ではありません。良い悪いで区別をすると正しく物事を見れなくなります。

「優しくしない」というのにも色々な種類があります。親が子に対して優しくしないのは、いずれはひとりで生きていけるように、あえて厳しくしている「本当の優しさ」からの行いです。ただ、相手があることですから、それを相手がその通りに受け取ってくれるかはわかりません。

ですから、自分は良いことをしているつもりでも、自分にとって悪い風に返ってくることもあります。

なので、良い悪いで区別するのではなく、「自分の行いがこういう形で返ってくきた、だとすると、次は・・・」という風にありのままに受け入れ、次に向かわないといけないのです。

また、「優しさ」が報われないと感じたとしても、それは単なる時間の問題かもしれません。目の前の結果にとらわれず、長い目で見て自分の行動を考えることが重要です。

◯与えるから与えられる

 

大切なのは、どう返ってくるかではなく、どう与えるかです。

誰かに優しくされたかどうかを気にするよりも、自分がどれだけ優しさを与えたかに目を向けることで、心の在り方が変わってきます。

「優しくしてもらえない」と感じる時、その思いにとらわれてしまうと、不満や孤独を感じるだけでなく、ますます他人に優しさを与える余裕をなくしてしまいます。しかし、「自分が優しさを与える側になろう」と意識することで、状況は少しずつ変わっていきます。

たとえば、誰かに冷たくされた時、それに対して同じように冷たく返せば、負の連鎖が生まれます。でも、そんな時こそ、自分から優しさを与えるチャンスです。相手の態度に左右されず、自分がどうありたいかを選択することで、自分の人生を自分のものとして生きられるようになります。

優しさを与えることは、相手のためだけでなく、自分自身の心を豊かにするためでもあります。「与えるから与えられる」の法則は、目に見える形ですぐに返ってくるとは限りません。でも、長い目で見れば、優しさは必ず巡ってきます。

だからこそ、まずは自分がどれだけ優しさを与えられるかを考えてみる。そうすれば、優しくされるかどうかに一喜一憂することなく、自分の中に確かな満足感や幸福感を持てるようになるのです。

 

では、ごきげんよう。さようなら。

 

 

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ぜひ、お読みください。m(_ _)m

●今日のまとめ

今日は「優しくされないのは辛い?|与えるから与えられると題して、優しくされないということについて考えました。

○優しくされないのは辛い?

辛いと感じるには、優しくしてもらえない時だと思います。ただ、裏表の関係ですから、優しくしてもらえていないと感じるから他人にも優しくできないので、実はどっちも辛い状態です。

どっちを先に感じるか?の違いだといえます。

◯「報い」を良い悪いで区別しない

「報い」とは「悪い報い」という意味ではありません。良い悪いで区別をすると正しく物事を見れなくなります。

◯与えるから与えられる

「優しくしてもらえない」と感じる時、その思いにとらわれてしまうと、不満や孤独を感じるだけでなく、ますます他人に優しさを与える余裕をなくしてしまいます。しかし、「自分が優しさを与える側になろう」と意識することで、状況は少しずつ変わっていきます。

 

今日も読んでいただきありがとうございます。

 

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