助けるべきか?自然の摂理とは|自分の心に宿る答え
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困っている人を助けたいと思う気持ちも自然の一部です。助けたい気持ちをエゴだと思う必要はありません。
自分の感情や心の声に従うことが大切で、それが自然と共に生きることです。
今日は「助けるべきか?自然の摂理とは|自分の心に宿る答え」と題して、自然の摂理について考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
●助けるべきか?自然の摂理とは|自分の心に宿る答え
○助けるべきか?自然の摂理とは|自分の心に宿る答え
目の前で死にそうなほど苦しんでいる人間がいたら助けますか?
ぼくは今それの答えがすぐ出せなくなってしまいました。
救助活動や助けたいと思う気持ちはぼくのエゴでしかないのではと考えたのがきっかけです。
もしぼくが救急車を呼んだりし、その人が助かったとしても再度同じ苦しみ、もし同じ苦しみを再び経験せずともいつかは死に至ることは変わらない。
助けるという行為を行うのは正しいと言えるのでしょうか
ぼくは少なくとも自然の摂理やらなんやらの枠組みからは外れていると考えました。
色々な方々の意見を聞きたいです。
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14308705294)
※質問は原文ママです。
みなさん、ごきげんよう。今日もよろしくお願いします。
困っている人が目の前にいたら助けたいと思うのも自然の摂理です。思わないなら思わないのも自然の摂理です。助かりたくないと思っている人が助かるのも自然の摂理、助からないのも自然の摂理です。自然に正解も不正解もないし、人間がコントロールできると考えることが甚だおかしいのです。
私たちにできるのは、ただ、自分が思う通りに生きること。それだけです。その結果が良くても悪くても、それが自然です。
「自然」という言葉には、無数の解釈が含まれます。生命の営みや宇宙の法則、さらには個人の感情や倫理観も含まれます。誰かを助けたいと思う心、それ自体が「私」の中に自然と芽生えたものなら、それを否定する必要はありません。逆に、助けたいと思えないのであれば、それもまた自然の一部。判断をする前に、自分の感情や価値観に一度目を向けることが大切です。
たとえば、緊急事態で手を差し伸べることが「エゴ」だと思うかもしれませんが、エゴは悪いものとは限りません。エゴは、私たちが自分自身を守るため、または他者とつながるために生まれる感情のひとつです。エゴもまた「自然の摂理」なのです。助けたいと感じるその瞬間を、大切に受け止めることが、自然と共に生きる第一歩ではないでしょうか。
◯自分の心の声に従う
元WBAミドル級スーパー王者、村田諒太さんが動画でこんな話をされていました
昔、神様は人間と共に生きていた。しかし、人間があまりによくないから、隠れようと思った。神様は最初エベレストに隠れようとした。そしたらお付きの人が「ダメです」と言いました。「エベレストはそのうち人間が登ってきますよ」。次に月に隠れようとしたが、「月にも人間は到達します」と。最後に神様は「人間が一番見ない内側に隠れよう」と決めたという話です。
この寓話が示すのは、真実は常に自分の内にあるということです。「助けるべきか?」という問いを持つこと自体が、すでに外部に答えを求めている行為とも言えます。しかし、本当に大切なのは、自分の心の声に従うことです。
助けるという行為の結果がどうであれ、それをどう受け止めるかは相手次第です。そして、私たちはその決定に畏敬の念を抱くべきなのです。
私たちができることは、瞬間瞬間に湧き上がる感情を信じ、その感情に基づいて行動すること。行動の善悪や結果は後からついてくるものであり、それを超越して、自分の内なる声を尊重することが、自然と共に生きるという意味を体現するのではないでしょうか。
では、ごきげんよう。さようなら。
電子書籍を出版しています。
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ぜひ、お読みください。m(_ _)m
●助けるべきか?自然の摂理とは|自分の心に宿る答えのまとめ
今日は「助けるべきか?自然の摂理とは|自分の心に宿る答え」と題して、自然の摂理について考えました。
○助けるべきか?自然の摂理とは|自分の心に宿る答え
困っている人が目の前にいたら助けたいと思うのも自然の摂理です。思わないなら思わないのも自然の摂理です。助かりたくないと思っている人が助かるのも自然の摂理、助からないのも自然の摂理です。自然に正解も不正解もないし、人間がコントロールできると考えることが甚だおかしいのです。
○人間本来の在り方
質問者が「助ける行為は正しいのか」と疑問を抱く背景には、人間が「自然」を軽んじ、独自の価値観で判断するようになったことが影響しているのかもしれません。本来、人と人のつながりや、助け合いの精神は自然の一部でした。助けることを悩むのではなく、自然の流れに身を任せることが、人間本来の在り方ではないでしょうか。
◯自分の心の声に従う
真実は常に自分の内にあるということです。「助けるべきか?」という問いを持つこと自体が、すでに外部に答えを求めている行為とも言えます。しかし、本当に大切なのは、自分の心の声に従うことです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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