親ガチャと人生放棄|親ガチャは言い訳に過ぎない
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親ガチャという言葉に思うこと。
自分の人生を『人のせい』にしている生き方です。
それでは人生を放棄していると言わざるを得ません。
今日は『親ガチャと人生放棄|親ガチャは言い訳に過ぎない』と題して、親ガチャについて考えます。
世界一、幸せなみなさんへ
今日も読んでいただき
感謝しています。
そして、
幸せでいてくれて
ありがとうございます。
くろちゃんも、
いつも幸せを感じています。
くろちゃんは、
世界一幸運です。
毎日、
奇跡を感じている
くろちゃんです。
親ガチャと人生放棄|親ガチャは言い訳に過ぎない
親ガチャは言い訳に過ぎない
親はなぜ完璧でないといけないのでしょうか。
私の家は決して裕福ではありません。
貧乏の類です。でも私はすごく幸せです。
なのに最近は親ガチャ、産むなら幸せにしろとかこの世界、時代に産み子供を苦しめる親はバカだとかをよく見ます。
更にはシングルをバカにするような言葉も見かけます。私の母親はシングルで私を育ててくれました。
大学にも習い事にも行けませんでしたが、日々母親と過ごす事が楽しくて幸せでした。
もちろんそうでない家庭があるのは重々承知です。
こんな酷い言葉や理想論が飛び交っていてとても悲しいなと思っています。
産むなら経済力や両親が揃っている事、親の性格など自分では到底無理なような事を親に求めて完璧でなきゃ批判されるのはなぜなのでしょうか。
まず子供を産まなければ世界は滅びるし少子高齢化になり困るのは自分達なのに、、と思ってしまいます。
私の考えが甘いかも知れませんが優しめに回答お願いします。
補足
毒親や虐待はまず論外なのは分かってます。そういう親がいるのも知っています。最近の、少しお金がない事や親の仕事、自分へ向かってくる言葉が少しでも納得いかなければ親ガチャ失敗と言われるのがよく分からないです、
yahoo知恵袋(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11277640591)
みなさん、ごきげんよう。
今日もよろしくお願いします。
親ガチャという言葉をよく聞くようになりました。
『親ガチャ』という言葉はインターネット上で生まれた俗語(スラング)で、厳密な定義はありません。 一般的には、子どもが親を選べない状況をスマホゲームのガチャになぞらえた言葉で『良い親の元に生まれることができたかどうか』といった意味で使われます。
親ガチャとは何か?意味や背景にある問題、社会課題を解説
親ガチャなどと言うのは、自分の人生を『人のせい』にしている人の言い訳でしかありません。
どんな環境、境遇に生まれても幸せに生きられる人もいれば、どんなに恵まれていても、文句ばかり言う人もいます。
決して裕福ではない家に育ち、それでも幸せだと言われる質問者さまは素晴らしい人だと感じました。
ソフトバンクグループ創業者の孫正義氏は、在日朝鮮人二世として生まれ、大変貧乏な家庭に育ったそうですが、誰もが知る日本を代表する実業家です。
親ガチャは失敗どころではありません『大失敗』です。
ですが、そうやって親のせいにしたり生まれのせいにしていて、今の孫さんはいるでしょうか?
孫さんがいなければ、今の日本のインターネット事情は違ったものだったはずです。
痛みを通してしか得られない貴重な体験や学び、そして人生があるのではないか?
与えられたものに不平不満を言うのではなく、今ここを感謝をすることで、得られる人生があるのではないか?と思うのです。
人生は自分の思い通りにならない
完璧な人はいません。
ですが、子どものうちは親に対して、誰よりも『平等で優しくて強い』完璧な存在だという思いを抱いていることも確かです。
それは、自分がまだ大人ではなく、社会の荒波を経験していないということでもあります。
どんな親も自分と同じく未熟な存在から大人になり、大人になっても完璧な存在ではなく、それでも親になっていくのだとわかるのは、自分が同じ大人になってからです。
『親ガチャ』などという言葉は、親に自分の人生を依存しているからこそ出てしまう不用意な言葉です。
仏教の教えである『一切皆苦(いっさいかいく)』とは、世の中や人生は自分の思い通りにならないものであり、思い通りにコントロールできることは決して多くはないという真理を教えている言葉です。『人生は苦である』ということです。
大人になるとは、一切皆苦を実感し、そして誰もがそうだとわかることです。
そうすれば、おそらく『親ガチャ』などという言葉は使えなくなるはずです。自分が思い通りにならないように親もやはり自分の思い通りに生きてはいないことを理解出来るからです。
子どもひとりさえ自分の思い通りになりません。親ガチャを言うなら『子どもガチャ』もあることになります。
親ガチャと人生放棄
思い通りにならないから『人生はつまらない』と考えるのは、人生の片面だけしか見えていないからです。
思い通りにならないからこそ、人間は努力をするし、その努力が実った時に幸せを感じます。
もし、この世界がすべて思い通りになる世界だとしたら、『幸せ』という概念そのものがなくなってしまうのです。
思い通りになることが『幸せ』ではなく『普通』になってしまうからです。
『親ガチャ』という言葉は、自分の人生を『人のせい』にして、自分の人生を生きることを放棄してしまっている言葉なのです。
では、ごきげんよう。さようなら。
電子書籍を出版しています。
Unlimited会員なら0円で購入できます。
ぜひ、お読みください。m(_ _)m
親ガチャと人生放棄|親ガチャは言い訳に過ぎないのまとめ
今日は『親ガチャと人生放棄|親ガチャは言い訳に過ぎない』と題して、親ガチャについて考えました。
親ガチャは言い訳に過ぎない
親ガチャなどと言うのは、自分の人生を『人のせい』にしている人の言い訳でしかありません。
どんな環境、境遇に生まれても幸せに生きられる人もいれば、どんなに恵まれていても、文句ばかり言う人もいます。
人生は自分の思い通りにならない
大人になるとは、一切皆苦を実感し、そして誰もがそうだとわかることです。
そうすれば、おそらく『親ガチャ』などという言葉は使えなくなるはずです。自分が思い通りにならないように親もやはり自分の思い通りに生きてはいないことを理解出来るからです。
親ガチャと人生放棄
もし、この世界がすべて思い通りになる世界だとしたら、『幸せ』という概念そのものがなくなってしまうのです。
思い通りになることが『幸せ』ではなく『普通』になってしまうからです。
『親ガチャ』という言葉は、自分の人生を『人のせい』にして、自分の人生を生きることを放棄してしまっている言葉なのです。
今日も読んでいただきありがとうございます。
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